みなさんこんにちは!

お久しぶりです!バングラデシュから現地調査の様子をお伝えしています!

田中志歩です。

 

Readyfor?でのサポーター募集は残り11日となりましたが

プロジェクト達成のため最後まで頑張っていきたいと思います!

 

今回は11月14日15日の2日間で行ってきた

トンチョンガ民族の村での現地調査報告です!

 

機織りのプロジェクトのパートナーとなる機織り職人さんたちを探して丘陵地帯のあちらこちらを訪問しているのですが
今週は日本語クラスの生徒ソリラトンチョンガさんの村に行ってきました

 

右:ソリラトンチョンガさん(いつも笑顔がたえません!)

 

 

丘陵地帯ではたくさんの女性が機織りをしていて、みんな機織りの名人!

 

なのですが、実際にプロジェクトの話をすると

 

「時間がない」
「新しいものを作るのは大変」
「ご飯作って、子供の世話して、畑して、牛の世話して・・・無理」

 

と、
なかなか、パートナーとなりそうな人にいつも会うことができず

 

日本のことを質問され、話していると早かれ遅かれ毎回言われるセリフは

「日本はいいわよね。豊かで。私たちは貧しいもの」

 

という村の人たちに今までは、

無理のない範囲で。
できないならできないでしかたない。

次をさがすしかないなあと、あきらめ気分で

 

毎回、進まないパートナー決定を目の前にどうしよう。無理なのかなあと
そんな毎日を送り

今回はいいパートナーにであえるのかなあ、どうかなあと
不安な気持ちいっぱいで今回も現地に向かいました。   

 

ソリラさんの実家は、正確にいうと現在は丘陵地帯ではなくチッタゴン県に位置しているのですが、歩いたらすぐ丘陵地帯という場所に位置しているため
丘陵地帯と同じようにチャクマ民族、マルマ民族、トンチョンガ民族と

丘陵地帯に住んでいる先住民族のかたがたが多く住んでいます。

 

実は昔は、ここも丘陵地帯だったそうですが

今ではチッタゴン県になっているそうです。

 

私が今住んでいるランガマティからはCNGや車で約1時間
チッタゴンとはいうものの、ここはまだ山岳地帯の一部。

平地に田んぼも広がっていますが
ソリラさんの実家もまた平地から少し離れた小高い丘のエリアに位置していました。

村の入り口。CNGでモノゴールから1時間ほどでした。

 

 

村に着くと目につく機織りをしている女性たち
ランガマティに住んでいるチャクマ民族の女性の機織り組合がレーヨンで機織りを行っているのとは異なっており、ここではコットンを使った機織りが今でも主流。
チャクマ民族がピノンを商売のために作っているのとも違って
トンチョンガ民族の女性たちは自分たちが使うためだけにつくっています。

 

 

ソリラさんの実家の庭で作られていたトンチョンガ民族衣装

(これは6枚の巻きスカート【ピノン】をつくっているそうです。長い!)

 

ランガパ二村では一気に作るピノンの枚数は2枚が多く私はこんなに長い

作業場を見たことがなかったので、はじめすごく驚きました!!

完成するまでにどれくらいかかるの?と聞くと

 

「気合を入れたら1か月もあればできるし、ゆっくりやったら2~3か月必要だし

 そんなに急いで作ることもないから2か月くらいで作ろうと思ってるよ~」

 

という返事が返ってきました。

 

そうなのです、女性たちは「商売のため」に作るのではなく

「生活のため」に民族衣装を作っているため

急いで作ることはめったにありません。

 

毎日家事や育児の合間に機織りを行います。

(それにしても長い!びっくり!)

 

近所を散歩してみると機織りの準備をする人の姿も

あちらこちらで見受けられました!

これだけ長いと準備も大変。

このように竹に糸を巻き付けて縦糸を張っていきます。

端から端まで行ったり来たりを何度も繰り返します。

(疲れた!交代と言ってみんなで順番に準備していました)

 

 

ご近所めぐりが終わったら

本題のトンチョンガ民族衣装を使っての製品作りに向かってのミーティング

初めは、来る前から発注していた伝統的なトンチョンガ民族衣装セットの買取

 

以前トンチョンガ民族衣装の紹介をさせていただいたことがあるのですが

彼女たちの衣装はなんと5種類の布を身に着けます。

 

右側の女性がトンチョンガ民族衣装の正装

 

頭にかぶる「マタボボン」

上着の「サルン」

腰にベルトのように巻く「パウドゥリ」

スカーフの「カディ」

そして、巻きスカートの「ピノン」です

 

だいたい、1つのピースを作るのに1~2週間

今では、ピノン、カディのみが多くつくられ

時々「パウドゥリ」を付けている女性を目にしますが

ピノン、カディ以外を着る女性は若い人を中心にとっても少なくなってきています。

 

左側にいる女性(ソリラさんのおかあさん)が手にしているのが

マタボボンなのですが、細かな模様が並びます。

これも、1つ1つ丁寧に手で模様が入れられていきます。

 

ソリラさんのおばさんが作ったこの民族衣装セットを見ながら

みんなでミーティング。

 

細やかな模様が並ぶ民族衣装は本当にきれい

この模様を活かしての手工芸品はできないかなあ。と

 

「ピノンなら月に何枚作れる?」

「このパウドゥリの模様を活かした手工芸品作ってみない?」

 

そんな私の質問に

みんな困った表情

返事もぱっとしません

 

「毎月なにか作るのはちょっと・・・」

「そんな、私たち家事で忙しいから・・・」

 

いつもだったら、今回もだめかなあと、思うところですが

いつもこの調子でやってはだめだと、

私も一歩踏み出さなきゃ!と

嫌な人だなあと思われてもしょうがない。

もう一歩踏み込まなきゃと

今までふと疑問だったことを投げかけてみました。

 

「みんな、ランガマティに来たことある?

 あそこでは、チャクマ民族の女性がピノンをたくさん作って

 商売してるの知ってる?なんでトンチョンガ民族衣装は売り買いされないんだろ う?」

 

そうなのです、ランガマティに住んでいるチャクマ民族の女性たちは

布を自分たちで使う以外にも売り買いのためにもたくさん布を織っているのです。

彼女たちだって忙しさは同じはずです。

ピノンを売ることによって現金収入が

 

 

「ランガマティの女性グループのみんなは、家事もしてないし

 機織りの仕事だけしてるのよ。私たちは忙しいの。

それに、チャクマ民族と違って私たちの機織りは大変なの。」

 

 

「え?絶対違う。私一緒に暮らしてるもん。

 みんなね、家事も育児もしながらピノンやカディを織ってるの。

 苦労苦労ばっかり言って。

 仕事っていうのは何でも苦労しないとできないもんでしょ。

 みんな、自分が貧しいっていうんだったら仕事しなさいよ。

 仕事せずに、貧しい貧しいばっかりいってても何にも進まないでしょ。

 考えてみて、1つ布商品を作って売ったらいくら収入が入ってくる?

 それで子供の教育費が負担できるでしょう。

 

 そもそも、私いつもこういう話を丘陵地帯のいろんな民族の女性に話してるんだ けどね、みんな大変だからしたくない。お金がたくさん入らないんだったら

 やりたくないって。

 

 私は残念に思うけど、こうやって織らない人が増えて

 大変だから織らないって選択をして

 このプロジェクトがここで実施できないのは確かに悲しいけど

 もっとかなしいのは、丘陵地帯のこの文化がどんどんなくなってきてること。

 わかる?わたしのいいたいこと?

 伝わった?わたしのきもち?」

 

(ミーティング みんな真剣に話し合います)

 

ずっと思ってたことが

勢いよく言葉となって出てきました。

 

シーンと静まり返ってしまった家の中

わたしも、内心言い過ぎた。でも、言わなきゃ伝わんない

そう、ぐるぐるとした感情の中

誰が次に発言してくれるのか、待ちました。

どうしよう、もう駄目だったらみんなには悪いけど今日はモノゴールにかえろう

そう、おもってたときに

ソリラさんが急に立ち上がり

 

「そうよね、みんな。

 バングラデシュの中でベンガル人文化ばかりが日本に紹介されてるのって

 癪じゃない?いつもベンガル人文化ばっかり目立ってるのっていやよね。

 それに、トンチョンガ民族は人口だってチャクマに比べたら少ない。

 でも、私たちにはこのチャクマに負けない織物の伝統がある。

 志歩が言ったでしょう、トンチョンガの文化少しずつなくなってきちゃってるっ

 て。確かにそうよ。

 お姉さん、お母さんはこれ5枚とも作れるけど

 私、ピノンとカディしか作れないわ。

 日本人の方がたがせっかくチャンスをくれてるんだから私たちが立ち上がらな  くってどうするの?

 できることからでもいいからスタートさせよう

 私たちの文化を日本に伝えよう」

 

トンチョンガ民族語で一気に親戚や近所のみんなに想いを伝えるソリラさん

傍で聞いていた私はこれまでにない感動を覚えました。

 

まってた、このやる気を私まってたんだ。

 

そう、あきらめることじゃなくって、大切だったのは「伝えること」

日本人とバングラデシュの先住民族

お互い文化も置かれてる立場ももちろん違うけど

同じ人間

伝える前に諦めていた今までの姿勢を反省しました。

 

 

 

ソリラさんの言葉に

みんな、また静まり返りましたが

ぽつぽつと

 

「そうね、わたしたちも立ち上がらなきゃ

 貧乏、大変、やりたくないだけじゃかわらないわよね。」

 

と、1人、1人と前向きな意見が出てきました。

 

「いい?みんな。

 わたしとソリラさんは一度にたくさん手工芸品がほしいわけじゃないの。

 1か月に1枚2枚を、1年2年買い取りたいの。

 一緒に、できるペースで進めていきたいの。

 みなさんの、機織りの仕事は本当にすてき!

 みんな、立派な機織り職人さんなの。

 そんな、みんなの手工芸品を私も日本やダッカに伝えたいと思ってるの。」

 

と、私が言うと

 

「できることからやろう!」

そう言って、機織り職人の女性たちが立ち上がってくれました。

 

 

庭で記念撮影。

みんな、日本に写真を送るね。というときれいな服に着替えたり、髪を整えたりと

おしゃれさんだなあと思いました。

 

 

今回私は初めて

機織り組合作りの一歩を踏み出すことができたと思っています。

まだ、これは小さな一歩ですが

0だったものが、少しずつ形になってきた風景を目にしたとき

ソリラさんが立ち上がってみんなをエンパワーメントしたことが

こうやって、何かが始まる手ごたえを確かに感じることができました。

 

「伝わった」

 

初めて、この現地調査が濃い意味を持つ1日を経験でき

伝えることの大切さを身に染みて感じました。

 

これからも、まだたくさんの困難が待ち受けていると思いますが

1歩1歩確実に組合全員で前に進んでいきたいと思います。

 

12月までにソリラさんとデザインを考え

村で一緒にミーティングを行い

さっそく製品作りに取り組んでいきたいと思います。

 

 

 

村一番の機織り職人になろう!

そういってソリラさんが掲げた手

わたしも、村のみんなも一歩踏み出すことができた記念する日になりました。

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