人がそれについて考えなくても生きていくことのできる様々な余計なことをいちいち考えている人だった。あんまりにも誰もが考えずに生きているのでみんなの代わりに考えているんじゃないかというくらい。代わりに考えてくれているから誰もが余計なことを考えずに生きていけているんじゃないかというくらい。こんなとき危口さんならどう考えるだろうなんと言うだろうかと折りにふれて考えさせられる。確信めいた気分に謙虚と反省が用意されて生じた問いに足をとめさせられ口ごもらせられることも少なくない。考えなくてもいい余計なことをいちいち考えさせられている。死者が死者らしくなるには人それぞれ時間がかかるが作品はさっさと作者の手を離れて一人立ちしなくてはならない。死んだ人間が残した仕事は生きている人間の宿題に生まれ変わる。人が死んで体は消えてなくなってもその人が担った役割は消えてなくならない。一人でなくとも部分だろうと形を変えて誰かが代わりに役割を担うだろう。代わりを担うみなさまにバトンが手渡されますように。危口統之アーカイビングプロジェクトに賛同します。

 

捩子ぴじん(ダンサー)

 

 

危口統之 「劇的なるものをネグって」(2016年7月28日公演回)より

 

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