危口さんは自分にとってどんな存在だったろう。何より真っ先に浮かぶのは、Twitterでの僕の瑣末なつぶやきに「いいね!」してくれる人だ。芸術関係者たちがまず観ようとしないジャンル映画や、40歳も近い大人が遊ぶにはやや躊躇われるテレビゲームについての由無し事。そして、現代美術業界に対するわりと辛辣な皮肉にも果敢に「いいね!」してくれるのが彼だった。「危口さんが反応してくれるといいな」とぼんやり思いながら記したツイートは少なくない。だから「いいね!」してくれる人がいなくなってしまった今は、少し寂しい。
 それと、病床の危口さんが、「小説、思想書、カルチャー、美術、科学系、とにかくいろんな本が手元に届いた。平時でもすぐには読み切れないほどの量だ。そして中には、ずっしりと物理的に重いものまであり、これはさすがに病床では読めない」と疒日記に書いたとき、本音を言えば、当時発売されたばかりの『シン・ゴジラ公式記録集』(電話帳2冊分くらの分厚さ)を贈りたかった。迷惑な話だけれど、『シン・ゴジラ』制作現場での庵野秀明監督の横暴ぶりと、それでも歴史に残る傑作をつくってしまえる作り手としての突破力について語り合いたかった。
 ライターであり編集者であり、ときに批評家めいたこともしたりする自分は、いかなる時も「作家」ではなく「作品」と対話する者でありたい。しかし危口さんに関してだけは、不思議と作品よりも、親しいようで同時に他人行儀でもあるような付き合いの記憶が焼き付いて離れない。年齢は僕のほうが少し下だけれど、同じ時代のカルチャー動向を共有できる危口さんに、僕は一方的に同志のような共感を抱いていた。だから、後に演劇関係の知人から「劇場では絶対にできないですよね。いろんな意味で……」と言ってもらえた『劇的なるものをネグって』の個展&上演を実現できたことが嬉しい。

 


 進行中の蒐集計画プロジェクトは、既に当初の目標を達成して次に進んでいるようだ。彼の作品や思考を「蒐集」して伝える試みは、ここから始まる。あちらで楽しくやっているはずの危口さんに、僕たちもこちらで楽しくやっているのだと伝えたい。それは、この計画の過程で作られるアーカイブであり、戯曲集であり、今後たくさんの人たちの手で運用され続ける搬入プロジェクトを通して行われる。そして僕も、その一人でありたい。物書きとして。あるいは同志として。

 

島貫泰介(美術ライター/編集者)
1980年生まれ。『美術手帖』『CINRA.NET』などで執筆・編集を行う。危口統之とは2本のインタビュー(「メンドくさい男の子たちの探究心 悪魔のしるし×core of bells」「『世界の音楽を破壊する』妄想から生まれた『ゾンビ音楽』とは」)の聞き手・構成を務めたほか、個展「劇的なるものをネグって」(KanZan Gallery/馬喰町)のキュレーションを担当した。

 

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