悪魔のしるしの石川卓磨さんから応援コメントを頼まれたのに、うかうかしているあいだにクラウドファンディングは第一目標の金額を達成してしまった……。でも幸い、プロジェクトはまだ続いている。今からでも遅くはない、とこれを書きながら自分に言い聞かせている。

 

ある人が言うには、危口統之はまだ何も成し遂げていない、これからの人だった。……そうかもしれない。これからだった。誰もがその大器を認めながら、彼はいわば無冠の帝王だった。

 

戴冠のチャンスがなかったわけではない。彼が2016年にいわき市で高校生たちとつくった『はだかのオオカミ』は、岸田國士戯曲賞にノミネートされる可能性も大いにあった。「審査のために戯曲を送ってほしい」という白水社からの要請もあった(ただしこれは多くの劇作家に打診されるものであり、彼が特別なわけではない)。けれどもその時すでにかなり病に侵されていた彼は、制作の岡村滝尾さんとも相談の末、戯曲の提出を固辞したと聞いている。ノミネートされることで被るであろうストレスを考えると、その選択はやむをえないものであったとは思う。残されたわずかな時間と生命を何に使うのか? そういう、ほんとのほんとに究極の選択をわたしはまだしたことがないし、何が正解だったかはわからない。ただ、彼が戴冠する日を見てみたかったとは今でも思っている。どんな顔をしたかな。

 

少し、私的な話をするのをお許しいただきたい。

 

わたしは彼とたまに呑んだり麻雀したりすることはあったので、いちおう友だちと呼んでもたぶん誰にも文句は言われない関係ではあった。けれどもそれ以上に、演劇の作家と批評家、という緊張感のある関係性のほうがはるかに強かったし、その一線はお互いに崩さない、というのが暗黙の協定(?)であった。その意味では、わたしは彼の仲間ではなかった。そうならないようにしていたし、そうなれなかった。ただ、おぼろげながらもアーティストや批評家として進もうとしている方向性にはおそらく近しいものがあって、ひとたび会えば、話すことは際限なくあった。麻雀とか最近観た演劇とかニュースや海外での見聞について話すこともあれば、いくつかの固有名詞を交えながら、哲学や思想宗教について抽象的な会話をすることもあった。とりわけシモーヌ・ヴェイユとエリック・ホッファーはその核にあったけれど、ヴェイユ、ホッファー、危口、に共通するのは、肉体労働を通じてその思想を練り上げた作家である、ということだった。危口統之は、その大きな風呂敷の中に、たくさんの思想の断片を宝物として持っていた。彼がそこから、彼自身の思想を練り上げていくのは、まだまだこれからだったと思う。もっとも、彼は最終的にそれを言葉で体系化するというよりは、きっと作品としてゴロッと提示するようなやり方でそれをやっただろうけど。

 

 

危口くんが亡くなってから間もないうちに、彼の仕事を支えていた岡村滝尾さんをも失うことになってしまった。実はわたしは滝尾さんから、危口くんがいなくなったことで宙に浮いた、とある国際的なプロジェクトを引き継いでみる気はありませんかと相談を受けていた。はっきり場所と日時を覚えているが、京都の四条烏丸にあるプロントで、滝尾さんとスカイプした。2017年6月14日のことである。わたしは話を聞いて、もしかしたら他にもっとふさわしいアーティストがいるかもしれないと伝えた。滝尾さんはこう言った。「危口さんの存在は唯一無二のものでした、だから誰かに代わりをやってほしいわけじゃないんです」。じゃあ10日後の土曜日、6月24日に倉敷で詳しく話しましょうと言って、スカイプは終わった。お互い身体だけはくれぐれも大事にしましょうねと寂しく笑って。それが最後になった。次の土曜日、滝尾さんは倉敷に来なかった。後で聞いたら、その時すでに、彼女は倒れていた。

 

……危口くんや滝尾さんについて、こうして平然と文字にできるようになった自分に驚いている。それでもわたしはまだ彼らの死を受け止めきれてはいない。その不在はあまりにも大きなもので、何かでそれを埋めたいとは今は思わない。これからもたぶんそうだと思う。

 

クラウドファンディングによってアーカイブをつくるというこのプロジェクトについても、ものすごく正直なことを言えば、わたしはまだピンと来ていない。もう少しぼんやりする時間がわたしには必要みたいだ。でも、その有意義さはすごく、頭では、理解できる。やれるうちにやっておかないと、彼や彼女の仕事の痕跡は、雲散霧消して消えていってしまうだろう。だから今このタイミングでやろう!と手を挙げた人たち(このプロジェクトの発起人)の意志と行動に、わたしは心から敬意を払いたい。彼らはわたしなんかよりも、はるかに、深く傷ついているに違いないのに。

 

いつか、若い誰かが偶然このアーカイブを手にして、眠れるその才能の芽が開花するかもしれない。あるいは死ぬのを思いとどまるかもしれない。そうやって三〇世紀くらいまで、危口統之の名が細々とでも語り継がれていったらいいなと思う。それはきっとこの世界を(ほんの少しかもしれないが)豊かにする。だからわたしはこのプロジェクトを支援します。そして、その上で、わたしはわたしで、彼と彼女がいなくなってしまったこの世界でどう生きていくか、もう少しぼんやり考えたい。

 

藤原ちから(批評家、BricolaQ)

 

 

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