【プロジェクト実施完了のご報告】
本プロジェクトを支えていただきありがとうございました!
皆様、こんにちは。
今回は一年間実施してまいりました未病プロジェクト「漢方薬が未病に効くを科学的に証明し医療の可能性を広げたい」の研究活動について報告させていただきます。
昨年8月にクラウドファンディングが成立してから、あっという間に一年が経ちました。終わってみれば、本プロジェクトへの挑戦は構想前から新型コロナウイルス感染症に付き纏われっぱなし・振り回されっぱなしだったように思います。特にコロナ感染には最大限の注意を払って挑みました。実験動物を購入し実験を一旦開始すると3~4ヶ月間は実験をストップさせることができません。この間に自分が感染したり濃厚接触者になると、実験を中止せねばならず、それまでの取り組みがすべて無駄に終わってしまいます。それを避けるためにコロナ感染対策には人一倍気を配りながら、中断させることなく何とか本プロジェクトを成し遂げることができました。そして何より、大勢の支援者様の激励のお言葉や未病研究発展に向けた強い想いから勇気をいただき、それが本プロジェクト達成への後押しや支えになったと強く感じています。また、このプロジェクトは私自身を強く成長させてくれました。改めまして皆様には感謝申し上げます。
皆様のご支援により、漢方薬の未病制御研究に新たな1ページが加わりました!
ここから本プロジェクトで得られた成果の概要をお示しいたします。
まず、本プロジェクトのゴールは、「未病段階 (未病期) からの漢方薬の長期投与によって、加齢に伴って出現してくる (病態期の) うつなどの精神症状を抑え込むことが可能か」というものでした (図1)。
そこでこのゴールを達成するために、私たちは独自に構築した「加齢性の精神症状の未病を捉えられる未病評価系モデルマウス (図2)」を用いて、漢方薬が未病に効く科学的なエビデンスを得るための検討を実施しました。
本モデルで検討した漢方薬は、香蘇散、N香蘇散、八味地黄丸の3種類です。
香蘇散は、胃腸虚弱の人、高齢者、妊婦の風邪の初期、食餌性蕁麻疹、不眠、めまい・耳鳴り、食欲不振、便秘、慢性疲労症候群などの他、これらの症状の背後に存在するうつ症状に対しても用いられます。これまでに私たちは、ストレス誘発性のうつ様モデル動物を用いて香蘇散の有効性を検証してきましたが、今回未病期からの投与が病態期のうつ発症を抑制することが可能かを調べました。
N香蘇散は、抗うつ様作用や体内時計調節作用、認知機能改善作用、抗肥満作用など様々な生理活性を有するノビレチンを多く含んだ陳皮で配合された香蘇散です。ただ、これはまだ臨床では使用されておりません。本研究では香蘇散より効果が期待できるかもしれないということで効果を調べました。
八味地黄丸は、加齢に伴う様々な症状(下肢痛、腰痛、しびれ、かすみ目、排尿困難、尿漏れ、高血圧など)に対してよく用いられます。今回は加齢性の未病に対しても有効かどうかを調べるとともに、香蘇散、N香蘇散の薬効との比較も行いました。
3種類の漢方薬はそれぞれ1 g/kgの用量で、未病モデルマウスに7週齢から19週齢まで約3ヶ月間経口投与し、19週齢目に行動薬理学的に効果を評価しました。コントロール群には水を経口投与しました。
うつの未病に対して漢方薬は有効だった!
その結果、加齢に伴う無気力行動の増加に対して、いずれの漢方薬投与においても有意な改善、則ちうつ様行動の抑制効果が認められました (図3)。しかも、その効果はN香蘇散が一番強いことが示されました。一方、加齢に伴う不安様行動並びに概日リズムの乱れはいずれの漢方薬投与においても改善されませんでした。これらのことから、少なくとも未病期からの漢方薬投与によって、病態期におけるうつ様行動の予防は可能であることが示唆されました。
続きまして、その抗うつ様効果が発揮されたメカニズムが何かについて解析を行いました。
これまでに私たちは脳内炎症(脳内の微小環境で起こる炎症反応)がうつと関連性が深いことに注目し、その脳内炎症の抑制が漢方薬の抗うつ様効果の一部に寄与することを明らかにしてきました。また、最近では全身の炎症を抑制する薬の中にも抗うつ効果が期待されているものもあります。そこで、本研究では未病モデルマウスで惹起される頭の中で起こる炎症(脳内炎症)だけでなく、全身性に起こる炎症(全身性炎症)にも着目し、それらに対して漢方薬が抑制効果を発揮するかについて詳しく調べました。
炎症の制御が未病を制す!?
その結果、香蘇散やN香蘇散は主に脳内炎症の抑制作用(中枢性の抗炎症作用)により抗うつ様効果が発揮される可能性が示されました (図4)。一方、八味地黄丸は弱い中枢性の抗炎症作用と強い全身性の抗炎症作用により抗うつ様効果を発揮することが示唆されました。これらの結果の詳細は研究報告レポート(支援者様へ11月下旬発送予定)に記載しますが、本研究を通じて同じ漢方薬の中にも炎症に対する作用点の違いにより抗うつ様効果の強さに違いが生ずる可能性が初めて実験的に示されました。
また、本研究ではその他に、アルツハイマー型認知症の発症にも深く関与することが知られている脳内タウタンパク質の蓄積が香蘇散やN香蘇散投与でのみ抑制されることや、北里大学薬学部との共同研究により行った海馬(うつ発症や記憶に関与する脳内領域)のRNA-sequence解析(網羅的遺伝子発現解析)において漢方薬固有の遺伝子発現パターンが抗うつ様効果に関与する可能性があるなどの知見も得られました。これらの成果も含めて纏めた論文は9月下旬に専門の学術雑誌に投稿しており、今現在査読審査中です。
研究成果は発信してこそ意味がある!
これまでに学会等で本研究の成果を発表(コロナ蔓延の影響ですべてオンライン発表)してまいりましたが (図5)、研究の世界では最終的に研究成果を論文 (世界中の研究者に読んでもらうので、もちろん英文) という形で発信してこそ真の価値が生まれます。今現在査読中の論文が無事に掲載受理されれば、漢方薬による未病制御を科学的データに基づいて初めて示した学術論文になり、今後の未病研究発展の礎になることが期待できます。
【支援金の使途内訳について】
皆さまからご支援頂いた資金は、実験動物購入代、メカニズム解析に必要な試薬代、遺伝子の網羅的解析に係る費用、論文投稿に係る費用、リターンの送付等に係る費用などに全額使用させて頂きました。ご支援いただきありがとうございました。
【リターンの発送状況について】
研究報告レポートは11月下旬の発送予定ですが、各支援者様の該当するリターン (下記) は予定通り発送いたしました。
寄付金領収書、研究所HPにお名前記載 (任意)、オリジナルブレンド茶と屠蘇散、オリジナルブレンド茶教室参加権、東洋医学教室参加権、漢方教室参加権、学会発表スライドの謝辞にお名前記載 (任意)、論文の謝辞にお名前記載 (任意)
東医研見学ツアーは一部開催いたしましたが、未発送の支援者様へはコロナの蔓延状況を見ながら適宜開催する予定です(支援者様へ連絡済み)。
また、一部のリターン(サイエンスカフェ参加権と出張講演会)は支援者様に満足していただくために対面での開催が望ましい旨を支援者様にご連絡させていただきました。コロナの蔓延状況を見ながら個別に対応させていただく予定です。
「未病を治 (ち) す」が当たり前になる未来を目指して
今現在は引き続き、詳細なメカニズム解析、本成果の再現性の検証、その他の漢方薬や既存の抗うつ薬との薬効比較の検討などを実施しています。その成果の一部は来年春や夏に開催される学会で発表し、再来年までには論文にする予定です。このように本プロジェクトを足掛かりに、未病研究を飛躍的に発展させることができましたのは、ひとえに皆様の絶大なるご支援と激励のお蔭と、心より御礼申し上げます。
また、本プロジェクトを通して、未病研究に興味を持っていただいた企業や大学の先生方、学生さんとの新たな繋がりも生まれました。未病が世の中に浸透し、未病研究が徐々に加速してきていることを実感しております。今後はこのような方たちとも協力させていただきながら未病研究を盛り上げていけたらと思っています。
最後になりますが、クラウドファンディングで関わったすべての方々へ感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。本プロジェクトはこれで一区切りになりますが、研究に終わりはありません。
クラウドファンディング挑戦で出会ったすべての方々との一期一会を私自身の活力にさせていただき、健康で心身豊かな人生の実現、「未病を治 (ち) す」が当たり前になる未来を目指して、引き続き未病研究に尽力してまいります。この研究の成果が役立つのが、10年後になるか20年後になるかは分かりませんが、遠い先のビジョンをしっかり捉えながら、それに向けて地道に研究に取り組んでまいりたいと思います。
そしてこれからも、私たちの研究を暖かく見守っていただけますと幸甚です。
この度は多大なるご支援をいただき本当にありがとうございました。
今後とも、応援のほど宜しくお願い申し上げます。
北里大学 東洋医学総合研究所
伊藤 直樹