出演ミュージシャンからのメッセージ

 

~葛原りょうさん(作家・朗読家)<前編>

 

---------------------------------------------------------

 

みなさん、はじめまして!
詩・短歌・俳句作家の葛原りょうです。
今回の宮古チャリティコンサートが実現できるよう、
閲覧者のみなさまにご支援のお願いを申し上げます。

 

私は、東京生まれで、今も東京の下町で暮らしています。
しかし、広島で暮らしていた祖母の男兄弟は

みな太平洋戦争で壮烈な戦死を遂げており、
私は戦死した作曲家でありピアニストの大伯父を継いだかわかりませんが、
文学を志し、医療ミスで亡くなった親友の死をきっかけに11年間、

自らを楽器として、朗読ライヴを続けています。

 

 

(ライヴにて朗読中の葛原さん/撮影:吉田友佳)

 

 

私は生まれてすぐに喘息と重度のアトピーに侵され、
入院生活ばかりで学校もほとんど不登校でした。
そして少し元気になり登校したところ級友から、

毎日のようにいじめに遭い完全に登校拒否状態になりました。
しかし、かえって、その環境を変えたい一心で、
鉛筆一本で書ける詩、短歌、俳句で

ようやく世間にも認められるようになりました。

 

ですが、今まで、不条理の連続でした。

被災者のみなさんにとっても、この三年はあまりにも不条理であったと思います。

 

戦争も人災ですし、東電の放射能汚染も人災と言えましょう。
もちろん大津波は天災ですが、国がもっと過去の

第一次・第二次三陸沖地震の教訓を活かしていれば
もっと多くの人命が助かったかもしれないと思うのです。

 

私の一番古い親友、大須賀エイジ君の父方の実家である岩手県宮古の海と山は、
すばらしい自然のリアス式海岸の遺産で、近くには浄土ヶ浜という名勝もあり、
私は何回か、宮古の家、それと大須賀君の母方の実家であり大津波で街そのものが
完全に無くなってしまった田老の家にも泊まらせていただきました。

悪夢の2011年、4月にまだ被災一か月後の宮古、田老、山田、釜石などを

訪れました。

 

(2011.4宮古にて撮影)


目的は大須賀エイジ君の父方の実家の捜索です。

家は無惨にぺしゃんこになって、僅かに、
ご家族の手紙類など持ち帰るのがせいぜいでした。

 

(2011.4宮古にて撮影)

 

あれから三年経った今でも傷は癒えるどころか、益々深刻になり、

永住できる住居も与えられず、職業の斡旋の援助も少なく、

孤立化し、自殺にまで至るケースが続出しています。

 

2011年の時、現地の人から「娯楽が足りない、自衛隊の慰問コンサートが

ほんとうに嬉しかった」と言っておられました。
私にはたくさんの音楽仲間がいます。しかしお金がありません。

そのミュージシャン全員が「ぜひ宮古に行かせてくれ」と仰っていただきました。涙が出る想いでした。

 

支援募集残り2ヶ月となりましたが、まだまだ実現可能と信じています。
皆さまのご支援が無ければ実現しません。

どうか、お力をお貸しください。

 

作家・朗読家 葛原りょう

------------------------------------------------------------------------

 

また葛原さんからメッセージの後編を頂いて掲載します。

新着の記事を楽しみにしていてください!

 

 

【関連リンクお知らせ】

 

・丘のうえ工房ムジカ公式サイト

http://musica.ganriki.net/

(プロジェクト記事を掲載予定のフリージャンルマガジン「大衆文藝ムジカ」

発行元サイト。葛原りょうさんと、私 大須賀が編集を務めています)

 

・大須賀エイジFacebook

https://www.facebook.com/eiji.osuka

 

 

大須賀エイジ
 

新着情報一覧へ