人には「居場所」が必要だ、と思っています。

 

誰かに必要とされている。

誰かに大切に思われている。

誰かが自分の思いを受け止めてくれる。

 

そういう「誰か」が誰しも必ず必要だと思うのです。

 

(初挑戦した「たまねぎの皮染め」。「ねーねーなにしてんの?」と集まるコドモ)

 

そう思うのは、わたしが「居場所」があることで、

救われた経験があるからです。

「危ないよ」「汚いよ」と“禁止”されることは、

自分を守ろうとしてもらえているということなのかもしれないけれど、

「わたしが“こうしたい”と思った気持ちは、どうやって受け止めたらいいのか」と

もやもやしたものです。

誰かの“こうしたい”という思いを邪魔したり、

誰かに危害を加えてしまうことじゃないのに、

自分の“こうしたい”が実現しようとすることさえもできないなんて・・・と悲しい気持ちになることもありました。

 

そんなとき、私は、ある場所に出会いました。

そこは、「こうしたい」「こうありたい」という私の気持ちを、

とても大切にしてもらえる場でした。

はなから禁止されたり、否定されたりすることはなく、よく話し合いをしました。

「わたしはこうしたい。でもそれは、あの人の“こうしたい”を邪魔してしまう。ならどうしようか」

「あなたはこうしたいと思っているけれど、それはあの人を不快にさせてしまうかもしれない。どうしたらいいだろうか」など。

結果、自分の“こうしたい”は実現できなかったこともありますが、

自分の“こうしたい”という思いを、まずは受け止めてもらえた、大切にしてもらえた、と感じられたことが、とても心地よかったのです。

 

(泥水に浸かって、のんびりおしゃべり)

 

 

近年、核家族化や地縁の希薄化で、

自分の思いを大切に受け止めてもらえる「誰か」の存在が、どんどんと少なくなっています。

「誰か」に出会う場所さえ、少なくなっています。

 

だから、もぐらの冒険は、

そんな「誰か」に出会える場であってほしいし、

「誰か」の思いを大切にする場であってほしい、と思うのです。

それは、オトナだって、コドモだって同じです。

自分の思いが誰かに大切にされる。

もぐらの冒険では、それを“やりたい”という気持ちを大切にすることで、「自分はこれでいいんだな」と感じられたらいいなと思い、毎回の開催で、みなさんと関わっています。

 

特に子育ては、「家庭」という閉鎖された、飽和状態の中で過ごしていると、

「自分はひとりなんじゃないか・・・」と感じてしまうことも多くあるでしょう。

それに「自己責任」という言葉が独り歩きしている今、

「誰かに迷惑をかけてはいけない」

「自分の子どもは自分できちんと育てなくてはいけない」

と必要以上に背負ってしまうことも多いと思います。

 

だから、オトナとオトナが繋がりあって、「ひとりじゃない」と思えることが、

わが子と安心して向き合うことにも、

コドモの“こうしたい”を大切にできる余裕を持てることにも繋がるのだと思うのです。

 

(井戸水って冷たい。流れる水にうっとり)

 

 

「そんなの求めてないよ」とか

「自己満足でしょ」とか

思う方もいらっしゃるかもしれません。

そうかもしれない。

でも、やっぱり、人は誰かに大切にされてはじめて、自分のことを大切にできるのだと思うから・・・

それが、オトナが安心して過ごすことや、コドモが自由に遊んで生きる力を付けていくことに繋がると思うから・・・

もぐらの冒険は、これからも開催を続けていきたいと思っています。

 

開催を続けていくには、やはりお金がかかります。

きれいごとばかりで継続していけるものでもありません。

ぜひ、みなさんのご支援で、これからの活動を支えてください。

 

どうか、よろしくお願いします。

 

(もぐらの冒険代表:小倉絵理)

 

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