共に宿を求めて


山谷地区の最寄り駅は三路線が乗り入れる「南千住」。下町情緒溢れる商店街で賑わう三ノ輪は、日比谷線で隣駅。山谷から変える際、よほど急いでいる時は南千住から乗るが、少し歩けば浅草も上野もそう遠くない。言ってみればそこらは「山谷文化圏」の中である。某日、山谷から三ノ輪の方へ歩いていると、道の脇におじさんが倒れているのが目に入った。普段なら声もかけずに通り過ぎてしまったかもしれないが、なんとなく気になって声をかけてみた。話しかけられた事に不快感を示しているわけではなさそうだが、余程疲労がたまっているのか、「あー、うー」と言葉にならぬ声で何かを言っている。

 

 

何回か聞いていると、どうやら山谷はどっちかと聞いていることがわかった。とりあえず近くで缶コーヒーとおにぎりを買って来てから話を聞く事にした。「いやぁ、甘ぁーですわ。本当にありがてえ。一週間ぶりだぁ」。どうやら、北区の方で生活保護の申請をした所、山谷の方で宿を見つけて来いと言われたらしく、池袋から何日もかけて歩いて来たらしい。おじさんは左足を怪我しているのか、びっこを引いている。山谷には来た事がないらしく、池袋から足の痛みを我慢して、ある時はビルの隙間で、またある時は公園で野宿をしながら歩いて来たのだと。北区でなぜ山谷なのかというのは、よく分からないが、役所の方でも、山谷なら安宿があるといった程度に思っているみたいだ。生活保護の受給費として出る宿泊費が台東区の場合、他区よりも400円ほど高い為、わざわざ台東区区役所で申請する人もいる。このことを越境といったりする。

 

 

 

 

とりあえず2人で山谷を目指す事になったのだが、おじさんが足を痛めているため、通常歩いて10分ほどで着く所が1時間かかった。歩きつつ、休みつつ、おじさんはあまり必要以上に何も話さない。肩をかして、まるで二人三脚の様にのっそり歩いて行った。山谷では、特例的に宿の住所で区に申請を出し、そこを常宿として仮の住まいになるわけなのだが、まぁ色々とお役所的な書類だのいるため、おじさんはポケットに大切そうにしまっていた。野宿のせいでぼろぼろになっているが、これがなくては話が始まらない。

 

山谷に着きさっそく宿探しを始める。山谷の宿には大抵「一泊1.800円。カラーテレビ。空調完備!」などと、決まり文句のように書いてある。空いている宿があっても、紹介がないと泊まれなかったりするところもあるが、それは山谷の匿名性が生むやっかいごとを嫌うからだ。片っ端からあたってみるも満室だったりなかなかすぐには見つからない。やたら値段のことを気にしているおじさんの様子が気になり話を聞くと、とんでもない返事が帰って来た。

「役所の人から、一泊500円以内で見つけて来いって言われているんすよ。」

いくらドヤ街と呼ばれているからって、さすがにそんな値段で泊まれるところはない。どうも役所の人は、山谷ならそれくらいでなんとかなる、と考えているようだが、いくらなんでも現実を知らなすぎる。一畳部屋でそれくらいの値段の所もあったが、逆に今では探す方が困難だ。あまりに常識外な話なので、役所の人に掛け合う様に言っておじさんに自分のiPhoneを渡して、役所に電話するように言った。山谷のことは自分のほうが詳しいからと電話を代わってもらい、直接話しをしてみると、担当の方はやはり、山谷ならそれくらいで宿があると思っていたらしい。事情を話し、長居交渉の末、宿代をしっかり保証してくれることになった。

 

「これ電話なんですか?」とiPhone で話すおじさん


宿代の心配事が一つ消え、また宿探しに。一軒一軒見て行く。宿というのは大抵管理人である帳場さんによって色が決まるといっても過言ではない。「ただ、雨の降らないとこで寝たいんです」、それがおじさんの切なる願い。何軒目かの宿で、女将さんが上記の事情を聞いて不憫に思ったのか、ちゃんと話を通してくれた。丁度部屋が空いていたので、その日から泊まれることになった。

 

 

宿が決まってやっと安堵の表情を浮かべるおじさん。記念撮影ということで一枚。

 

 

宿が決まったので、台東区役所の方へ書類をだしに、近くのバス停から向かう事に。私は、ここで分かれて以来おじさんに会っていない。会おうと思えばすぐにでも行けるのだが、行かない方がいい様な気がして今に至っている。元気にしているだろうか。

 

 

山谷Webマガジンなかなか更新できていないのですが、最後に書いたものをこちらに転載いたしました。http://nerorism.rojo.jp/pgsanyanow-c3.html

 

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