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喜寿の発願。「手のない書家」小畑延子の作品集を作りたい!

喜寿の発願。「手のない書家」小畑延子の作品集を作りたい!

支援総額

423,000

目標金額 1,000,000円

42%
支援者
24人
残り
39日
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目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができます(All-or-Nothing方式)。支援募集は2月28日(金)午後11:00までです。

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プロジェクト本文

 

借り物でない、自分の言葉で表現してきました。

人生に寄り添ってきた書の「作品集」を作りたい。

 

みなさんこんにちは。書家の小畑延子です。

 


私は5歳の時、事故で両手首の少し上から先を失いましたが、手のないことを社会生活においてハンディに感じたことも、日常生活において不自由と思うこともなく生きてきました。


しかし兵庫県立夢野台高校卒業後の進路の選択肢は少なく、迷い悩みのなか、大阪府立社会事業短期大学(現・大阪府立大)に入学しました。その後、人生の前半生は書道と家庭に恵まれない子どもの里親を探すソーシャルワーカーの仕事を両立させてきました。

 

書は、かな書道教育の第一人者と言われた村上翠亭の書道教室に中学生の時から通い、三回の日本美術展覧会(以下、「日展」)入選を果たしました。その後、日展や全ての公募展を離れ古典やグループ展で作品発表を続けました。

 

この間、私の書風は古典的なかな文字から、近・現代詩や俳句をモチーフにしたものへと移行していきました。

 

1967年 日展初入選。村上翠亭で雑誌の取材

 

障害があってもなくても、私にとって書道はとても楽しいものですし、書は、私の人生そのものです。

 

そんな私が書の制作で大事にしていること。

それは、「技術に頼らず、自分の言葉で書く」ことです。

借り物でない自分の思った言葉を体全体で表現する。それが私の「書」だと思っています。

 

手のないことを意識しない、売りにしないということに心がけてきましたが、今はそれもまた障害に囚われた態度だと感じています。全てを受け入れて「私の書道」を完成させるためこれからも精進を続けていく決意です。

 

これからも自分の言葉を表現し続けるために、これまで長い年月私の傍らに寄り添ってきた書の「作品集」をつくりたい、そして、その記念展をしたいというのが私の一代の発願です。

 

その発願成就のために、この度のクラウドファンディングに挑戦しています。

皆様からのあたたかい応援を、どうかお願いいたします。

 

 

自分の全てを書に投げ打つ。

そう心がけることができたのは、支えあってのことでした。

 

書に対する考え方を大きく揺さぶられる出来事が、45歳の時に起きました。

それは画家の宇野マサシとの結婚生活の中でのことです。

 

宇野は、もともと「書」を志しており、私たちが出会ったのは、その「書」の共通の師のもとでした。宇野の絵に対するひたむきさに打たれた私が、結婚を決意するには時間はかかりませんでした。

 

 

宇野マサシの絵画にかける情熱に刺激を受けた私と、人生に向かう真摯さと大様さが交じる私を、ともに表現した「夫婦展」も、何度も実現できました。

 

「夫婦展」などということは気恥ずかしいことですが、宇野の画に対する情熱と執念に打たれた私にとっては、「画と書と違っても、いかにも御夫婦の作品ですね」といわれることは嬉しい褒め言葉です。

 

そんな、今の私に導いてくれた画家、宇野マサシを紹介させてください。

 

結婚当時の私と宇野

 

■生い立ち


1948年愛知県豊田市に生まれ、高校二年生の時書道家を志して大阪の書道用具店へ住み込んだが挫折。二度と郷里には帰れないと思いこの時から放浪の旅が始まった。ある日、ふらりと立ち寄った書店で佐伯祐三の画集に出会い、書道の線に通じるものがあると感じたのが油絵との出会いになった。美術研究所で基本を学び寝袋で野宿し働きながら日本海側を旅しその日本の原風景を描いた。大阪の西成、東京の山谷は今でも第二のふるさとと思っている。

 

■影響を受けた人物
 

宇野マサシには、三人の忘れられない画商がいる。

一人は洲之内徹。著書『絵のなかの散歩』『気まぐれ美術館』(ともに新潮社)に数回紹介され、現代画廊で数回の個展を開催。
二人目は、大阪・梅田画廊の創設者土井憲治。西成で先の見えない日雇いの日々を送っていた時、初対面の宇野のデッサンを数枚購入してくれ、宇野は将来に希望を持つことができた。

三人目の羽黒洞木村東介は長谷川利行や斎藤真一を世に出した。木村とは亡くなるまでの12年間専属契約をし松坂屋・そごう・三越等のデパートを中心の個展が催された。

 

 

■これまでの活動
 

1997年以降の個展はアート紀元・ギャラリーアビアント・梅田画廊・鎌倉ドローイングギャラリー・豊田画廊・南天荘画廊等。夫婦展は江戸東京博物館・アートホール神戸他、十数回。著書に『ぼくの旅』(2014年皓星社)。目下、豊田市の「矢作新報」に随筆連載中。

 

結婚生活の中で、ソーシャルワーカーの仕事を退職し従来通りの制作をしている私に彼は「自分の言葉で書け」「技術で書く書は人の心を打たない」と容赦なく言いました。

 

自分の今までの精進や実績が否定されたと思う一方で「もっともだ」とも思い、時間はかかったものの、この宇野の二つの言葉を胸に刻んだ制作へと変わっていきました。

 

宇野の「型に囚われた書では人の心を打たない。自分の全てをかけて書に取り組み、表現しなくては」という、宇野の言葉は日展から始まった私の書に対する考えと書風を一変させ、現在まで、体全体を使った、私だからこそ表現できる言葉を書くよう心がけています。

 

 

私の傍らに寄り添ってくれた書は、人生そのもの。

作品集にすることで、足跡を振り返りたい。

 

2018年自伝『なくした「手」を探して』(皓星社)を上梓してあらためて感じたことがあります。それは、両手切断という事故の運命を抗うことなく受け入れた私の姿でした。

 

そして喜寿を迎えた今、夢と希望に満ちた時も海の底の暗闇に溺れそうな時も私の傍らにいたのが「書」であったと、その存在を強く感じたのでした。私の人生を「書」で綴り足跡を振り返り見つめ直したいと思っています。

 

小畑延子作品集 タイトル未定 2020年3月刊行予定

 

作品集の内容:これまでに書いてきた作品のなかから、約100点を厳選し、短い文章を添えました。

 

創作風景 1998年頃 撮影:瀬川智貴

 

著者:小畑延子(おばた・のぶこ)

 

プロフィール:1943年生まれ。5歳の時に両手肘10cm下部を切断。ソーシャルワーカーとして働きながら書道を続け日展入選を果たす。

1988年、画家の宇野マサシと結婚。離職後は書家として多くの個展を行い、アート紀元、ギャラリーアビアントなどの画廊にて活躍。

前著は『手はいつ生えてくるの』(バジリコ株式会社)2007年、『なくした「手」を探して ある書家の旅路』(皓星社)2018年。

 

 

後半生の書作品は所蔵者の手に大切に保存されていたものもあれば、写真のみ残って行方の知れないものもあります。

 

所蔵者のわかる作品は、そのもとを辿り写真の撮影をしました。作品に短いコメントを書いて添えたものもあります。発表当時、批評してくださった方のコメントも添えるようにしました。コメントを一部ご紹介いたします。

 

「延子さんのこと」

伊藤幸和(アート紀元)

 

「書は人なり」。金釘流の字しか書けない私の嫌いな諺です。
しかし、延子さんの書は正しくそれである。
誰もが彼女の作品を見る限り両手のない人が書いたとは思わない。
そして彼女のあの細い体にどこにそんな力が潜んでいたのかと思う。(アート紀元)
私はもう二十年彼女の作品を扱っております。
展覧会の度に彼女の作品に元気を頂き、彼女の作品に励まされてきたんだと思っております。

「書は人なり」です。

 


 

「遊」

原田芳雄
 

先端から筆の捌き終わりまでゆうに一メートルを越える「遊」一文字が凄まじい迫力でこちらを圧倒してくる。まさにその墨跡からはらわたを揺さぶる野太い力技に誰もが驚き、さらに拙宅での酒宴の勢いに乗じて小畑延子さんに書いていただいたものだと告げるとあの小柄な延子さんが男手にも余る大筆と全身で取り組む姿を思い起こしてか皆信じられないという顔を見せる。それよりなにより一番敏感な反応を示したのが幼い子どもたちだ。「あっドラゴン!」「カイジュウ」と囃しながらもいっぱい開かれた瞳の奥で何やら得体の知れない巨大な生き物の気配を感じとっているかのように見入っている。「遊」の背中に子どもたちを乗せて飛翔しているかのような豊かな気分が湧いてきた。私も乗りたい。(俳優)

 

「遊」1998年 俳優・原田芳雄さんの居間 撮影:瀬川智貴

 

 

これまで応援してくださったすべての方に、

書家・小畑延子の軌跡をともに辿っていただきたい。

 

古の高僧は寺院や仏像の建立を発願すれば全国を行脚して浄財を集めました。それがそのまま修行でもあったのです。「勧進」と言いました。

 

戦火に焼かれた東大寺の再建も勧進によってなされました。信仰の対象である寺院ばかりでなく、宇治橋や勢多橋の維持管理も勧進によったということです。

 

クラウドファンディングは、現代の勧進行だと思っています。勧進のテーマが人を動かさなければ勧進帳は埋まりません。これは「書」とも通じることです。

 

ご支援いただいた資金は、本の製作費の一部に充てさせていただきます。

このほか、デザイン費用や、作品そのものを撮影する費用がかかります。

 

用紙代・製本代・印刷代    1,000,000円
レイアウト代    300,000円
作品の写真撮影代    194,000円
Readyfor手数料    220,000円


必要金額合計: 1,714,000 円

 

さあ、準備は整いました。「勧進帳」を回させていただきます。
よろしくお願い致します。


ぜひ、作品集を完成させ記念展で多くの人に小畑延子の軌跡を見ていただきたいと思っています。その中から何を感じ取っていただくかは鑑賞される方の自由です。

 

書家にとって作品が全てです。
皆様の前に裸身を晒す覚悟です。

 

「轍」2018年 124cm×243cm

 

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プロフィール

小畑延子(おばた・のぶこ) 1943年生まれ。5歳の時に両手肘10cm下部を切断。ソーシャルワーカーとして働きながら書道を続け日展入選を果たす。 1988年、画家の宇野マサシと結婚。離職後は書家として多くの個展を行い、アート紀元、ギャラリーアビアントなどの画廊にて活躍。 著書に『手はいつ生えてくるの』(バジリコ株式会社、2007年)、『なくした「手」を探して ある書家の旅路』(皓星社、2018年)がある。

リターン

5,000

作品集+絵葉書セット

・お礼状
・作品集
・絵葉書5枚

完成した作品集と絵葉書のセットです。

支援者
10人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

10,000

作品集+絵葉書+小色紙セット

・お礼状
・作品集
・絵葉書5枚
・小色紙

完成した作品集と絵葉書と小色紙のセットです。

支援者
9人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

30,000

作品集+絵葉書+色紙セット

・お礼状
・作品集
・絵葉書5枚
・色紙

完成した作品集と絵葉書と色紙のセットです。

支援者
1人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

50,000

作品集+絵葉書+小作品セット

・お礼状
・作品集
・絵葉書5枚
・小作品

完成した作品集と絵葉書と小作品のセットです。

支援者
1人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

100,000

作品集+絵葉書+作品セット

・お礼状
・作品集
・絵葉書5枚
・作品

完成した作品集と絵葉書と作品のセットです。

支援者
2人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

3,000

お気持ち支援セット

お礼状

※上記コースに加えてご支援いただける場合、お気持ちを上乗せしてご支援いただけるコースです。上記コースに合わせてこちらから、ご希望のご支援口数をお選びください。

支援者
1人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

プロフィール

小畑延子(おばた・のぶこ) 1943年生まれ。5歳の時に両手肘10cm下部を切断。ソーシャルワーカーとして働きながら書道を続け日展入選を果たす。 1988年、画家の宇野マサシと結婚。離職後は書家として多くの個展を行い、アート紀元、ギャラリーアビアントなどの画廊にて活躍。 著書に『手はいつ生えてくるの』(バジリコ株式会社、2007年)、『なくした「手」を探して ある書家の旅路』(皓星社、2018年)がある。

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