私には、この作品が、単なる子供向けというより、子供心(好奇心や探究心、純真さや素直さ)を失ってしまった大人たちに向けて書かれているように思えて仕方ありません。彼の作品には、子供の頃感じていた素朴な疑問、何故かやってしまっていたこと、言葉にすることができなかった感覚や感情など、大人になってすっかり忘れてしまっていたことが愛嬌たっぷりに描かれています。

南吉自身は、童話集のあとがきの中で子供達に向けて次のようなことを述べています。(この文章からも、彼の真面目で律儀で優しい人柄が容易に想像できます。)
 

 

「君達が面白いと思ってくれるかくれないか、それが一番心配です。わけても、私の使った言葉のことが気にかかります。ほかのやさしい童話ばかり読んでいた子には、この本の言葉は、きっと少し難しく思えるだろうと思います。


(中略)

 

言葉は少々君達に難しいのがあるかも知れませんが、書いてある事柄は、少年達の気持ちにしても、少年達のすることにしても、君達によくわかり、面白いはずだと、私は自分で決めています。

ですから、読み出して、難しいなと思っても、おっぽり出さないで、お母さんか姉さんか兄さんに読んで戴いてなりとも、ともかく終まで話をきいて下さい。

そうして最後までゆけば、君達は、こんな話、きいて損しちゃった、とは、きっと言わないだろうと思います。ひょっとすると、三月も経ってから、もういっぺん読んでみようという気が、起きてくるかもしれません。」

 

このあとがきが書かれたのは、昭和17年9月のことです。この前年の12月に、太平洋戦争が始まっていたわけですから、当然この童話も戦時下に書かれたということになります。しかし、その内容は、戦争の匂いなど微塵も感じさせません。

実に朗らかで清々しく人道的で、いくら時代が変化しようと科学が進歩しようと経済が発展しようと、人が人を思いやること以上に大切なものはないと人間の本質を肯定的に捉え、人は努力次第でどんな逆境でもきっと乗り越えられる、これから訪れる未来は希望に満ちている、とでも言っているようです。
 

現実社会にはなかなかお目にかかれない清廉潔白な主人公が登場する南吉の作品を理想主義と揶揄することもできます。しかしそれは、自分の死を覚悟した人が、一切の私欲から解き放たれ、晴れ晴れとした顔をして最期を迎えるのに似ているように思います。誰よりも生きたい、だが、それは決して叶わない、だからこそ、自分の信念を曲げることなく、どこまでも理想を語れたのかもしれません。
 

このあとがきを書いた翌年の3月、南吉は結核により、29歳の若さでこの世を去りました。
 

【作者プロフィール】
新美 南吉 にいみ なんきち 1913(大3)年- 1943(昭18)年
愛知県生まれ。雑誌・赤い鳥出身の児童文学者。代表作は『ごん狐』『おじいさんのランプ』など。結核により29歳の若さで死去。巧みな物語性や豊かな空想性、土俗的なユーモアをもった作風で、童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残している。地方で教師を務め若くして亡くなった童話作家という共通点から、宮沢賢治と比較され語られることも多い。

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