何か物事を始めようとするとき、必ず相談しに行くところがある。

 

高千穂にある荒立神社の宮司さんのところだ。鬼八の末裔とも言われている。

 

だいたい鬼だなんだと言われるのは、侵略される前に住んでいた地方の豪族のことが言われるのだと何かで読んだことがある。

 

要件が大したこと無い時には、予約どころか電話も繋がらない。

2016年5月。興梠宮司のところへお話に行けた。

 

宮司に渡された猿田彦の面を膝の上に置き、復興支援に関する事業について相談した。

 

「このへんは観光しか無いきね。大変じゃけど頑張んない。私心があったらいかんばい。故郷のため、県のため、九州のためと思って頑張んない。」

 

もうひとつ言われたことは、

「それぞれの地域の『古事記』を書いたらどうね。浪漫があるばい。」

 

2016年10月。たまたま立ち寄ってみたら宮司がいらしたので、旅行会社に出してもらったツアーの行程表をお見せした。

 

「しっかりやんない。」

 

息苦しく生きている瞬間は、目に見えるものが全てかもしれない。
だけど、目に見えるものだけが全てでは無い。

 

ただし、それは言葉にした瞬間無くなってしまうけど。

 

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