お早うございます。松竹大谷図書館の武藤祥子です。

今年も早いもので4分の3が過ぎ、当館のプロジェクトの残りの日数もほぼ半分の26日となりました。現在115人の方からご支援をいただいており、目標額250万円の62%まで達しております!皆様からのご支援とコメントが大変励みになっております。

 

さて、1万円以上ご支援下さった方には、当館が所蔵する台本を保護する、スタッフ手作りのカバーにお名前を記載するというお礼をご用意しています。お選びいただける作品は、男はつらいよシリーズ48作、歌舞伎・新派92作、映画60作です。

 

【歌舞伎・新派台本】作品リスト

【映画台本】 作品リスト

【寅さん台本】 作品リスト

 

今後の新着情報では、まず映画台本作品リストから順に作品をご紹介いたします。

映画は、今年没後30年を迎える鶴田浩二さんと石原裕次郎さん、生誕80年を迎える美空ひばりさん、往年の大スター3人の作品からそれぞれ選定し、リストにいたしました。毎年恒例の寅さん台本作品リストとキネマ旬報ベストテンもございます。

 

そして今回は、鶴田浩二さんの出演作品リストをご紹介いたします。

(※番号は台本作品リストの番号です)

 

49 『遊侠の群れ』(1948)大曾根辰夫監督

50 『フランチェスカの鐘』(1949)大曾根辰夫監督

51 『恋愛三羽烏』(1949)中村登監督

52 『エデンの海』(1950)中村登監督

53 『本日休診』(1952)渋谷実監督

54 『お茶漬の味』(1952)小津安二郎監督

55 『戦国群盗伝』(1959)杉江敏男監督

56 『暗黒街の対決』(1960)岡本喜八監督

57 『鳴門秘帖』(1961)内出好吉監督

58 『人生劇場 飛車角』(1963)沢島忠監督

59 『昭和侠客伝』(1963)石井輝男監督

60 『次郎長三国志』(1963)マキノ雅弘監督

61 『明治侠客伝 三代目襲名』(1965)加藤泰監督

62 『あゝ同期の桜』(1967)中島貞夫監督

63 『博奕打ち 総長賭博』(1968)山下耕作監督

64 『黄金の犬』(1979)山根成之監督

 

本年は、鶴田浩二さんの没後30年にあたります。鶴田浩二さん、というと、皆様はどんなイメージが強いでしょうか。甘い美貌の二枚目、任侠映画の大スター、ヒット曲を生み出す人気歌手。戦後の昭和期に、第一線で活躍した鶴田浩二さんには、様々なイメージがあることと思います。

鶴田浩二さんは、松竹の時代劇スター高田浩吉に弟子入りした縁で1948年に松竹京都へ入社しました。「高田浩吉」の「田」と「浩」をもらい、「鶴田浩二」の芸名で本格的にデビューした作品は、1948年の時代劇『遊侠の群れ』です。高田浩吉が大曾根辰夫監督に推薦したことで実現したデビュー作で、主演は長谷川一夫と高田浩吉でした。

デビュー作『遊侠の群れ』の台本です。左上の台本は『遊侠の果て』となっていますね。後に改題されたことがわかります。上部にはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)へ検閲のため提出した日付が押印されています。

また、右から右上に並ぶ二つ折りの台本3冊は英語で書かれた台本で、こちらもGHQに提出されたものです。タイトル(『A GROUP OF GANGSTERS』)、スタッフ、シノプシス、配役などが英語で書かれてありますが、鶴田浩二さんの配役のところを見てみますと、「Kiyotaki-no Sakichi…Koji Tsuruta」とあり、その下に「(new screen-comer)」と記されていますので、この作品がデビュー作品なのだとわかりますね。

 

(左)GHQ検閲印     (右)下から4番目に「Koji Tsuruta」の名前と配役と(new screen-comer)が見える

 

この作品の翌年、鶴田浩二さんは『フランチェスカの鐘』で主役に抜擢され、不良少女を収容する学園の院長の一人息子で、復員してきた明るく善良な青年役を演じ、以来、松竹の二枚目スターとして人気を集めていきます。

上の写真は、リストにある全ての台本です。左上より、49番の『遊侠の群れ』から、64番の『黄金の犬』まで、16作品が揃っています。

 

灰田勝彦、シミキンこと清水金一、そして丸い黒縁眼鏡をかけた鶴田浩二が演じる大学時代からの仲良し3人組が、喫茶店の看板娘に思いを寄せる恋愛喜劇『恋愛三羽烏』と、瀬戸内海の女学校を舞台に南方で育った奔放な少女と赴任して来た新人教師の純愛を描いた『エデンの海』などの作品で、この時期、二枚目の青春スターとして急速に人気を得ていきました。1951年に雑誌「平凡」が行った人気投票では、2位の池部良、3位の長谷川一夫を大きく引き離して1位となっています。

また、渋谷実監督『本日休診』では、「本日休診」の札を掲げた柳永二郎演じる大先生のもとに、指をつめるから麻酔を打ってくれとやってきて大先生を困らせるヤクザの役、小津安二郎監督『お茶漬の味』では佐分利信と木暮実千代演じる倦怠期を迎えた夫婦の親戚の娘と親しくなる青年役を演じており、名監督の文芸作品でも演技派としての力を示しています。

 

1952年の5月に松竹から独立し、俳優の独立プロとして戦後第1号となる「新生プロダクション」を興した後、1953年にフリーとなってからは、人気俳優として松竹の他、新東宝、大映や東宝など、大手各社の映画に出演します。1958年より東宝と専属契約を結び、1937年に公開された映画のリメイクで、山中貞雄が脚色し黒澤明が潤色した『戦国群盗伝』(1959年)、岡本喜八監督のアクション・ドラマ『暗黒街の対決』(1960年)などに出演。そして1960年東映と専属契約を結び、この入社により、任侠映画の大スターとしての活躍が始まります。

当初は、吉川英治の小説を映画化した『鳴門秘帖』(1961年)などの時代劇や、メロドラマ、ミステリー、戦争物など、さまざまなジャンルの映画に出演しますが、1963年に公開された、沢島忠監督の『人生劇場 飛車角』で主演の飛車角を好演。任侠の世界で生きる男の義理と人情を描き大ヒットしたこの作品は、東映の任侠映画の嚆矢となりました。以来、『昭和侠客伝』(1963年)、『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)、『博奕打ち 総長賭博』(1968年)などの任侠映画で主演し、同時期に活躍した高倉健や藤純子の任侠ものにも客演するなど、東映の任侠映画は隆盛を極めます。

一方で、マキノ雅弘監督の時代劇『次郎長三国志』(1963年)は第4作まで製作され、特攻隊の若者たちの短い青春を描いた『あゝ同期の桜』(1967年)で特攻隊員を率いる大尉を演じるなど、他ジャンルの作品でも重厚な演技を見せています。

 

1970年代に入ると、東映が実録やくざものに路線を移し始めたことから、武器輸出にからむ汚職事件を追う刑事を演じた『黄金の犬』(1979年大映)など、他社での作品に出演し、後に再び東映に戻るも、病により1987年6月16日に惜しまれつつ逝去しました。62歳でした。遺作は、逝去の前年に出演したNHKドラマ『シャツの店』で、頑固一徹なオーダーメイドのシャツ職人役で主演しました。腕一つで家を支えてきた男の八千草薫演じる妻への愛情が、山田太一の脚本と台詞によって味わい深く表現された作品です。

 

また、映画俳優だけでなく、歌手としても1949年に歌手デビュー以来活躍しており、『好きだった』『同期の桜』、同タイトルで映画化もされた『傷だらけの人生』など、ヒット曲を出しています。本格的に映画デビューした昭和48年より逝去された昭和62年まで、まさに戦後の昭和期に活躍したその俳優人生は、そのまま戦後日本の映画史としても辿ることができるといえます。

 

次回は、美空ひばりさんの台本リストをご紹介いたしますが、鶴田浩二さんは美空ひばりさんの相手役も多くされており、美空ひばりさんの台本リストに共演作の『あの丘越えて』が入っております。次回ご紹介いたしますので、是非美空ひばりさんの台本リストの新着情報もご覧くださいませ。

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