鞆まちづくり工房の松居と申します。早速のご支援と応援のお言葉に感謝申し上げます。この度のクラウドファンディングを使った空き家再生に関して、改めてご挨拶申し上げたいと思います。

 

 今年の冬の寒さは格別。さすが温暖な瀬戸内海も今年の厳しい寒さに震えあがりました。ここ二三日前より、鞆の町はお雛祭りが始まり、ほのかに温かな日差しに包まれ「ほっ」としております。

 

 私は、鞆産まれ、鞆育ち、まだまだ大正、昭和の薫る時代を過ごしてまいりました。福山から車で30分南にある鞆の浦ですが、万葉から潮待ちの港として栄え、江戸時代までは瀬戸内屈指の港町でした。戦後、町の人口は1万を超し、映画館などから銀行、役所まで全てを揃えた都会でした。といっても、車は一日2台ほど通るくらいで道は子供たちの遊び声で溢れ、どれだけの絵をチョウクで描いたことでしょう。夏は港の中で泳ぎ、春は港の砂場で浅利堀りをし、野山を駆け巡り、陣地を作り、また四季折々の行事と祭りで彩られていました。そんな私の原風景は深く心に残り、改めて我が故郷を見つめた時、美しく輝いていた鞆の浦を少しでも残したいと思うようになりました。

 

 2003年NPO鞆まちづくり工房を立ち上げて以来、30件以上の町家を再生してまいりましたが、工房が直接、営業を行っているのは「御舟宿いろは」と今回の「そわか楼」です。「御舟宿いろは」の時も全国から多くのご支援を頂いて完成に至りましたが、今回の「そわか楼」は初めてクラウドファンディングを使わせて頂いております。

是非、皆様のご支援で完成させたいと願っております。ご協力お願い申し上げます。

昭和30年頃の鞆の浦

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