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唐津くんちの曳山通りに建つ旧東木屋酒造場を守りたい

菊池郁夫

菊池郁夫

唐津くんちの曳山通りに建つ旧東木屋酒造場を守りたい
支援総額
2,154,000

目標 1,500,000円

支援者
111人
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2018年06月01日 14:59

木屋利右衛門と木屋一族をめぐって 2

 

日明貿易が途絶えたのち

貿易の主役に踊り出た

堺や博多の商人たち

 

堺の商人とはどんな人たちだったのでしょう。

 

日明貿易(勘合貿易)には博多や堺の商人が随行して行われていたとか。

しかし、公式の貿易は文禄慶長の役までの半世紀近く途絶えており、その間は民間貿易、いわば密貿易や私貿易へと移ります。

 

そこで貿易の主役に躍り出たのが、博多や堺の商人でした。彼らは南方との貿易でも莫大な利益を得て、堺は巨大な自由貿易都市になっていきます。

 

目利きとはまさに商人の資質です。茶人であった千利休はもちろん、千利休の師でわび茶を完成させた武野紹鷗も、今井宗久も小西行長も、身分をわきまえず贅沢すぎるということで秀吉に処分されそうになってルソンに脱出した呂宋助左衛門も、堺の商人でした。

 

自由に世界を行き来する堺の商人たち。彼らは室町から安土桃山時代にかけての文化を最も深く理解し、先読みし、自らプロデュースし、生み出していったひとたちだったのではないでしょうか。

 

堺という文字と境という文字は混用されていたといいます。堺の商人とは、船という乗り物を得て幾重もの境界線を越えていく水のような風のような自由な民だったのではないかと想像がふくらみます。

 

海の民なら松浦党や博多の商人とも馬が合うのではないか。彼らは小さな現実の枷に縛られがちな現代人とは少しばかりスケールが違うような気がするのです。

 

 

大船団の船長・木屋利右衛門

彼らが日常的に接していた

異国の民と魅惑的な品々

 

そういう時代に洗練された文化を知る豪商・木屋利右衛門は生きていました。

 

秀吉に命じられた木屋利右衛門の船頭という役割は、城を建てるための建材を手配して運ぶ貿易商であり、大きな船団を率いる船長(ふなおさ)であるといえばわかりやすいかもしれません。

 

堺の商人たちが日常的に接していたのは明や朝鮮の民だけではありません。

南方貿易では大航海時代の海を越えてきた南蛮人ともわたり合います。

南蛮人の扱う様々な商品は武器も含め、先進的で珍しく魅惑にあふれていたに違いありません。キリシタンの教えも音楽も美術的な品々も、異国情緒と美と求心的な思想の恐ろしさと蠱惑に満ちていたでしょう。

 

サン・フェリペ事件の後

二十六聖人の処刑へ

 

しかし、一向一揆を経験した秀吉にとって、キリシタンが寺社を破壊し、仏像を焼き、長崎がイエズス会領となっていたことは大きな衝撃となります。

伴天連追放令を読めば、当初は大名が家臣にまでキリスト教を押し付けるのはどうか、信教の自由を認めるようにといった、むしろ常識的な内容でした。

 

この秀吉の方針が大きく転換するのがサン・フェリペ号事件の直後から。沈没したスペイン船の品々を没収された水先案内人が「スペイン国王は宣教師を派遣し、土地の民を教化し、兵力を持って征服する」と讒言したことが原因だといわれていますが、さて日本側の史料はなく理由は定かではありません。

 

しかしながら、時系列としては確かにサン・フェリペ事件から間もない時期に二十六聖人の処刑が行われることになります。

 

名護屋奉行の寺沢半三郎は

唐津藩主・寺沢志摩守広高の弟

そしてパウロ三木の親友であった

 

初代藩主として唐津藩を支配していた寺沢志摩守広高(てらさわ しまのかみ ひろたか)自身も元はキリシタンでした。二十六聖人の処刑にあたったのは、寺沢広高の弟。長崎奉行代理を命じられていた寺沢半三郎です。

 

寺沢半三郎は二十六聖人のひとりパウロ三木の親友であったので、苦境に立たされます。慶長2年2月1日、二十六人の殉教者は唐津に迎えられました。

 

古舘六郎の『木屋利右衛門』には、

『宣教師パゼス著「日本二十六聖人殉教者の旅路に関する覚え書」の中に、厳冬の一月九日から二月五日までの記述で、護送に関わった二人の武将のことが縷々と語られている。その一人が旅程の三日間を共に過ごした明石掃部、ほかの一人は唐津から長崎までの五日間行動を共にした寺沢半三郎に関する部分が最も感動的である』と書かれ、パウロ三木の説教を数回聴き、涙を流したと書かれています。

 

古舘六郎が東大ホトトギス会の山口青邨の門下にいたことは前にふれましたが、古舘の先輩に俳人の三木河童というひとがいました。このひとは山口県の医師でしたが、三木一草という名で文章も書いていました。三木パウロの後裔で『夏草』450記念号にもスペインの神父とともに虹の松原に立ち寄る様子が書かれていたといいます。これもまた奇縁といえます。この二十六聖人の後裔と長崎への旅をしたスペインの神父とは『長崎への道』を書いた結城了悟のことではないかとこれまた想像しています。

 

さて、二十六聖人の中に13歳の少年アントニオの姿を見た寺沢半三郎は棄教を勧めたが、「地上において大名に取り立てられようとも、天主の身許に小姓として仕えたい」と断られたという話がありました。

 

また寺沢半三郎が棄教を勧めた12歳のルドビコ茨木からは「そうまでしてわたしは生き延びたいとは思いません。終わりなき生命をつかの間の生命と変えられません」と告げられたという話もあります。

 

いずれにせよ寺沢半三郎はトマス小崎も含め3人の少年達にとりわけ心を痛めていたと伝えられています。

 

そんな寺沢半三郎の様子を見て、安土セミナリヨ(神学校)の第一期生であったパウロ三木は「信仰のために死ぬことは不幸ではない」と慰めたといいます。

 

二十六聖人は処刑の数日前

木屋利右衛門の屋敷で

厚遇されたと伝えられている

 

『木屋利右衛門』には「キリシタン研究」第八輯に医学博士・奥村武が寄せた一文が取り上げられています。

 

そこには二十六聖人が殉教のおり、唐津で1泊したのが西の木屋。パウロ三木と寺沢半三郎と木屋利右衛門が顔を合わせる現場が西の木屋の船着場であったことが記載されています。

 

 

「一五九七年、京都で捕らえられた二十六聖人は、魚屋町の北入り口より船で上陸し、材木小屋で一泊したと伝えられるも、小屋ではなく、魚屋町の店舗、即ち母屋であったのである。当時の唐津の家としては最高級なもので、船頭利右衛門が密かに厚遇したものである。(大石町の本宅に対し、魚屋町の店舗母屋は材木商、木屋の店舗で材木小屋といわれてもさしつかえはないであろう)」

 

古舘六郎によれば二十六聖人が加布里かあるいは深江から乗船して、この船着場から上陸したことは、下記の四つの著作に書かれているとしています。

 

『日本二十六聖殉教者の旅路に関する覚書』Diego Pacheco S.J. 岩谷十二郎訳(キリシタン研究第八輯)

『肥前国唐津魚屋町木屋利右衛門』奥村武(キリシタン研究第八輯)

『太閤秀吉の名護屋城』鎮西町 秀吉の華麗な出陣と名護屋着陣

『神屋宗湛の残した日記』井伏鱒二 天正十四年の書き出し

 

二十六聖人は木屋利右衛門に

十字の入った銅板を残していった

 

元船着場付近には「日本二十六聖人顕彰碑」が立てられています。

この碑には二十六聖人が木屋の屋敷に宿泊した後「十字の入った銅板を木屋に残していった」と書かれています。

 

ルイス・フロイスの『日本二十六聖人殉教記』を翻訳したスペイン人の司祭でキリスト教史の研究者・結城了悟(ディエゴ・パチェコ)の『長崎への道』には、日本二十六聖人の行程は志賀島→博多→唐津→名護屋→伊万里→武雄→彼杵→時津→浦上→長崎との記載がありました。

 

ただし二十六聖人の道程には異説があります。

 

『日本二十六聖人 長崎への道 巡礼MAP』(カトリック中央協議会)によれば、1月31日、志賀島から海路で名護屋に連行されるところ海が荒れて博多に1泊。翌日、陸路で虹の松原まで来て、山本に向かい、山本に川留のための宿に宿泊したのではないかとされており、これは山本から出したとされているペドロ・バプチスタの手紙を根拠としています。

 

海から松浦川河口まではよほど荒れていて渡れなかったということかもしれません。一行はその後、2日に山本から徳須恵、3日は徳須恵を通って武雄、4日は武雄から彼杵港。5日に時津港から西坂に到着という行程とされています。

 

それにしてもペドロ・バプチスタは、いかにして初めての宿泊地が山本だと知ったのでしょう。そのように地名を告げられていたということではないでしょうか。

 

唐津に住む人間としては博多から虹の松原まで来て鏡山口でいきなり山本に向かうよりいったん西の木屋で宿泊した方が自然なことに感じられます。

 

また前日に博多港から山本まで55キロほどの道程を歩かせておいて、山本で1泊した翌日、1時間も歩けば着く5キロ先の徳須恵で1泊するというのでは少しばかり不自然です。

 

唐津城下で1泊し、川沿いに道を遡って徳須恵で1泊するか、あるいは更に伊万里か武雄あたりまで移動した方が、合理的なのではないでしょうか。

 

そう思うと、急転直下の二十六聖人の処刑という秀吉の判断をはかりかね、寺沢志摩守広高としては唐津城下の木屋利右衛門の屋敷で厚遇したことを知られたくないような状況下にあったのではないかという気もしてきます。

 

木屋利右衛門と十字の入った銅板の話は、彼自身がキリシタンであった可能性をも指し示しているようで興味深いところです。

 

二十六聖人が長崎についたのは2月5日。キリストが処刑された金曜日に処刑してほしいというパウロ三木の要望は聞き届けられることなく、二十六人は正午、4000人の目撃者の前で磔となり、天に召されました。

 

西の木屋の仔細については木屋一族の末裔・山内薬局の吉冨寛さんの下記HPに詳しいので、そちらをどうぞ。

 

http://www.geocities.jp/tamatorijisi/nisinokiya.htm

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リターン

3,000円(税込)

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感謝の気持ちを込めたメッセージ

・感謝の気持ちを込めたお手紙をお送りします

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唐津の建築遺産をお教えします

・唐津建築遺産 MAP Ⅰ・Ⅱ (支援者名簿付き)
・お礼のお手紙

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唐津堪能セット(町歩きガイド)

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・唐津 町歩きガイド ※日程は別途調整 ※有効期限2019年3月
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・お礼のお手紙

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★出張★伝統的建造物活用相談会

・唐津建築遺産 MAP Ⅰ・Ⅱ (支援者名簿付き)
・出張 伝統的建造物活用相談会 ※交通費は別途 ※日程は別途調整 ※有効期限2019年3月
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3人
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昔は鯨・今はいかで有名な呼子名産品セット

・唐津建築遺産 MAP Ⅰ・Ⅱ (支援者名簿付き)
・名産品 呼子朝市セット(生干しいか、いかしゅうまい、いかさしなど)
・呼子絵葉書セット
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オリジナル本付唐津堪能セット

・唐津建築遺産 MAP Ⅰ・Ⅱ (支援者名簿付き)
・唐津 町歩きガイド ※日程は別途調整 ※有効期限2019年3月
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・(仮)唐津建築遺産 (支援者名簿付き) ※出版予定 2018年度中に予定しておりますので、暫くお待ちいただくことをご了承ください。
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唐津焼絵付け体験プラン

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・唐津焼窯元で絵付け体験 完成した作品は窯元から支援者に直送します。※日程は別途調整 ※有効期限2019年3月
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唐津大好き 応援コース

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唐津の水野旅館(登録有形文化財)でお食事

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100,000円(税込)

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唐津の旅館綿屋(登録有形文化財)に泊まる

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・唐津 町歩きガイド ※日程は別途調整 ※有効期限2019年3月
・(仮)唐津建築遺産 (支援者名簿付き) ※出版予定 2018年度中に予定しておりますので、暫くお待ちいただくことをご了承ください。
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唐津大好き 全力応援コース

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