「田の神さぁ」とは!?

 

宮崎県西諸地域では「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習があります。

 

「田の神」とは

春に里に下って田の神となり、秋には山に帰って山の神になるという稲作の守護神ともいわれています。日本の農耕民の間で、稲作の豊凶を見守り、あるいは、稲作の豊穣をもたらすと信じられてきた神。

 

 

 「田の神」信仰は、

全国的な民俗行事として古来から農村に浸透。

「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、

18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化であったようです。

 

 

「田の神の石像」ができたころは、霧島の噴火・天災などが原因で、農家にとって大変きびしい時代。農家は霧島の噴火をやめさせ、稲作の豊作を願うために「よりどころとなる像」を作るようになったとのこと。

 

 

西諸地域に共通する「田の神さぁ」について調べていく中で、作られた時代も、今目の前で起きているようなことがあったとは!?

 

 

先日、足を運んだ毎年5月4日に開催される、えびの市末永地区の田の神祭り。  

 

 

 

田の神さあ(たのかんさあ)のお色直しから始まり、田の神さあをトラクターに乗せて地区内をパレード。

 

 

 

 

 

到着後は、その年の豊作を願って神事が行われます。

 

 

その後、場所を移動し、「田の神さぁ」を中心にまわりには地域の方が集まり、ふるまいがありました。

 

そのふるまい会場のど真ん中に
「田の神さぁ」は据えられてみなと一緒に楽しまられる姿。
 

 

地元婦人部の皆様の手作り煮しめやおにぎり等食べつつ、お酒を飲みながら語り合い、また婦人部の踊りや子どもたちによる「せんぐまき」と一緒に楽しませていただきました。

 

そんな時間を一緒に過ごさせていただきながら

これそ「予祝」なのだということを実感した瞬間でした。

 

 

この体験をもとにますますパリでの出展では、

「予祝」をするだけでなく、この地元の「田の神さぁ」にまつわる祭りや「田の神さぁ」のことも知ってほしい!!と思いが増した次第です。

 

 

まさに「田の神さぁ祭り」=「予祝」

 

別々ではなく、同じなのです。

前祝いをしながら、願う未来を叶えるために、皆が一丸となる!!

 

古代日本人のやってきたことを一つずつ紐解いていくと、、、現代でもやれることはある!

 

「前祝い」することで幸せな未来をもたらせるようなことをやっていきたいことと新燃岳や硫黄山の噴火が一日も早く鎮まりますようにと願いながら、、、
「田の神さぁ」のイラストと書の作品制作中です。

 

田の神さぁを前にした作品

 

 

大筆書きのパフォーマンスでも

「田の神さぁ」にまつわるなにかできないか?
今あれこれと考え中です^^

 

お楽しみにしててくださいね♡

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