先週、宮城県と岩手県に出張に行ってきました。

 

岩手と言えば、世界遺産登録を目指す「御所野遺跡」があります。

 

仕事先の人に、

「岩手をなめてはいけないよ。」

「岩手県だけで四国と同じ広さがあるからね。」

 

と、教えられていた通り、

宮城県よりの釜石に宿泊していた場所から、

検索すると約200キロもあり、

高速道路を使っても約3時間かかります。

 

これに行ってしまったら、

もはや仕事ではなく完全なプライベート旅行になってしまうと思い、

わりと真剣に考えてみましたが、

あきらめて仕事先のルートの途中にあった「樺山遺跡」に立ち寄ってきました。

 

駐車場の入り口にあったモニュメント。

 

縄文館の入り口にあった看板。

 

館内の受付には、草刈り中と張り紙がありましたが、

窓からのぞいてみると、

作業着を着たおじさんが、

それこそ縄文時代のではというくらい古そうなワープロで、

何か文書を打ち込んでいました。

 

そのまま館内を先に進むと、

 

石。

 

土器が土にめり込んだ状態の展示。

 

2階に上がると、

それっぽい配石遺構の展示。

 

なぜ2階立ての建築にしたのかが、

謎を呼ぶほどの展示の薄さを乗り越えて外に出ると、

 

立派な石碑。

 

その先に、

 

ミーアキャットがひょっこり頭を出しているように見える配石遺構。

 

通り抜けて坂を上ると、竪穴住居。

 

誰もいない竪穴住居に入るのは、なんだかとても恐ろしく感じたので、

写真を撮ってあたりを眺める。

 

ゆるやかな丘の上に立って、

遠くに見える川と山のむこうに広がる空。

 

この景色を見ていると、

大地からわき上がる力をもらえるような錯覚に陥ります。

 

現代の東京都の住宅事情とは打って変わって贅沢なロケーションは、

縄文人がここに住みたいと思うのも当然だなと思いました。

 

見学を終え、次の仕事先への移動中の景色を見てふと思う。

 

市街地を抜けて山あいの道を走ると、

ぽつぽつと民家が見えてきます。

 

そしてそこには、

畑よりもたくさんの田んぼがあります。

 

日本人の生活とお米の蜜月は、

地方に行くと強く感じます。

 

ここから縄文おじさん的な勝手な想像に入ります。

 

きっと僕が見た田んぼは、

今はまだ元気なおじいちゃんとおばあちゃんが耕しているような気がします。

 

でもこれからおじいちゃんやおばあちゃんの元気がなくなったとき、

この田んぼを耕す人はいるのだろうかと想像すると、

あんまりいないような気がします。

 

少しずつ田んぼだったところは野原になり、

山あいの家も少しずつなくなっていくような気がしてなりません。

 

弥生時代以降、

日本人が一生懸命大事に守ってきた田んぼが日本の風景から消えていく。

田んぼといっしょにあった文化や風習や人間関係の在り方が薄れる。

田舎がなくなる。

 

案外、その時代はすぐそばに迫ってきていて、

身近なことである分、

きっと僕らの生活に予想以上の大きな変化をもたらすような気がしてなりません。

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