もうそろそろ、終わりに近づいてきたので、お話ししなければならないことがあります。母、山本ひろみは、もうこの世にいないということです。

 

一番最初は、母の元気な姿がもう一度みたい、という想いからはじめた本作りでしたが、昨年夏の間、母と話をしていくうちに、この話のテーマは、「読書の楽しさを子どもたちに伝えたい」という母の想いが詰まった作品であり、それならば、たくさん印刷して多くの人たちに読んで欲しいねということになり、いろいろ考えた末に、クラウドファンディングという手法を選ぶことに決意しました。その説明をしたときに、母は、「大げさにしないでね、でも、全部あなたに任せたわ」とちょっとうれしそうでした。「これから忙しくなるからね」と私は母にいい、「だから、元気でいてくれないと困るからね」などと笑いあったものでした。母はこの本ができるのを密かに楽しみにしていました。母は元気でした。

 

母は父とホームに入っていて、私は母の元を訪れては、本の校正をしたり、あとがきを考えたり。母は、18年ほど前に、脳出血をして半身不随でしたので、字が書けませんでした。だから、口述筆記です。

着々と準備は進んでいました。

しかし、母はクリスマス前に、突然、そう突然、夜中、寝ている間に、急性誤嚥性肺炎になってしまいました。

家族はすぐに呼ばれ、母はいつ亡くなってもおかしくない状態だと医師に言われました。

 

虫の知らせというのか、私はその日の夜遅くまで、クラウドファンディングの原稿を書き直していました。何度書き直しても、うまく書けなくて、しばらく放置していましたが、その晩は、事務所に籠って一気に書き直したのです。なにかにとりつかれたように。それが終わったのが、もう日付が変わったころ。

事務所と自宅は目と鼻の先で、自宅に戻り、お風呂に入り、ベッドに潜って三時間もたたないうちに、兄からの電話で起こされたのです。母が危ないと。

いつもでしたら、日が暮れたら老眼で目はしょぼつくし、ビールでも飲んで、12時前には眠る私なのです。でもその日ばかりは違っていました。虫の知らせ。近所に住む妹を拾って車で東名を突っ走りました。祈りながら。

 

母は、待っていてくれました。

 

レディフォーのスタッフの皆さんは、急いでスタートの準備を進めてくださいました。原稿は、ほぼできていましたので、家族で校正して、何度もやり直して。いろいろと工程がありまして。ようやく12月27日からスタートすることができました。病室からです。

母の耳元で、「クラウドファンド始まったからね、一緒にこれから活動するんだからね。治ってくれないと困るからね」

私は祈り、母に声をかけ続けました。たぶんその声は届いていたと思います。救急車で運び込まれてから、10日間。

最後まで意識はなかったのですが、兄が母の数々の童話を読むと下がっていた血圧はぐんぐん上がりました。でも、母は元旦の朝、家族が見守る中、天国に旅立ってしまいました。クラウドファンディングをはじめて、一週間も経たないうちに。

私と兄と妹は、母が入院して10日間ほぼそばを離れませんでした、という表現が正しいかもしれません。

 

母の他界について、ここに公表するべきかどうか、悩みました。

クラウドファンディングが終わるまでは、伏せておこうと兄妹と話し合いました。きっとみんなわかってくれる。

 

でも今お話しすべきかと思い書くことにしました。黙っていてごめんなさい。

 

母は、この世からいなくなってしまいましたが、母の想いは永遠です。私はそれをしっかり引き継いでいこうと決心しました。母は、私に大きな生きる支えを残してくれたものだと、その偉大さに驚きました。やられたなという感じです。母が大事にしていた「みつばち文庫」の名を登録し、小さな小さな出版事業を始めます。まあ、どこまでできるかわかりませんが。子供たちに、大人にも、読書の楽しさを伝えたいという母の想いをテーマに掲げます。

 

そんなこんなであと15分です。応援、ご支援、ありがとうございました。カードや本が届くのをもう少しお待ちくださいね。

 

日曜日が納骨で、母にいい報告ができそうです。

撮影:夫

 

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