主役は被災した村人

みなさん、こんにちは。シャンティ国際ボランティア会の竹内です。

ネパール地震発災して、共に現地入りしたアジア地域ディレクターの八木沢より、当時の様子を知らせてもらいます。

 

 ネパールを襲った大地震の緊急援助で4月30日にバンコクから首都カトマンズに入りました。大地震から5日後でした。商店街のシャッターは閉まり、人通りが消えていました。住民は、余震におびえて、家の軒先や空き地にシートを張って避難しており、街全体が避難民キャンプのようでした。

 

 

 震源地に近いヌワコット郡とラスワ郡に緊急援助と調査を兼ねて入りました。物資を積んだトラックが途中の村で村人に取り囲まれました。被災から1週間以上が過ぎてもいっさい物資が届いていませんでした。援助物資の配布には武装警官の同行が必要な地域もありました。

 

 ネパール特有の険しい山道が援助物資の輸送を阻んでいます。余震があれば土砂崩れなどの二次災害に巻き込まれるという恐怖がありました。車の運転を誤れば谷底に転落する危険との隣合わせでした。

 

 

 震源地に近いヌワコット郡とラスワ郡を物資の配布と調査を兼ねて訪れました。訪れた村々では、余震の恐怖におびえ切っていました。倒壊した学校の校長は「村人が避難できるのは学校だけだが、学校再開のめどは全く立っていない」と瓦礫の山をぼうぜんと見つめていました。

 

 ヌワコット郡とラスワ郡はネパールで最も人身売買の深刻な郡の一つです。特に貧しい少数民族の子どもたちが狙われます。訪問した児童や女性の人身売買の問題に取り組む「マイティ・ネパール」の創始者のアヌラダ・コイララさんは、「震災孤児や女性を売春などの人身売買から守るには学校の再建が最優先」と力説していました。

 

 

 学校の再建によって子どもの学び場が守られる。学校での日常生活が戻り、地震の恐怖やトラウマからも解放されます。子どもたちの元気な笑顔は大人たちを勇気づけあすへの生きる希望となります。全てを失いどん底にある村の復興への第一歩は学校の再建だと信じています。

 

 学校は、村で入手可能な竹と木材を中心に建設し、地元の大工を雇用します。村人の参加を再建の中心として柱に鋸えていました。

険しい山道での資材の輸送から建設まで村人を雇用することで、現金収入の向上にも貢献できます。

 

 

 村の復興の主役は被災した村人です。

 

アジアの難民キャンプ、スラムなどでの35年の支援の経験から、民間団体(NGO)の役割は「触媒」だと信じています。大切なのは、最も困難な地域で、援助から取り残された最も弱い立場の人々の自立につながる迅速な支援を行うことです。

 

 ※この原稿は、緊急救援でネパールに入った現場から読売新聞の国際衛星版「点描アジア」(学校再建 村復興の柱) (2015年5月29日掲載)のコラムに投稿したものを一部加筆しています。