プロジェクト概要

今から100年以上前の明治35年、棚田開田として建てられた記念碑を建替えたい!

 

はじめまして。私は鹿児島県志布志市志布志町に住んでおります、下平剛司と申します。曽祖父が作った田んぼと周りの大自然をこよなく愛する34歳です。明治35年に開田された棚田の記念碑があります。もう100年以上建替えされずに劣化が激しいです。この記念碑を建替えることができたら、新たな命をがこの棚田に生まれると思います。来年度から始まる構造改田の前に実施したいと思っております。

 

しかし、記念碑建替え費と土地整備代、その他合わせて100万円が足りてません。ご支援お願いできませんでしょうか。

 

( 田んぼに植えた菜の花がキレイ トラクターで鋤き込めば除草にも )

 

(明治35年開田記念碑 手掘りで当時の様子や携わった人達の名前が)

 

 

開田秘話を聞き、曽祖父が作った棚田を後世に残すことを決意しました!

 

私は開田秘話を父から聞きました。当時(明治35年)の1円は、現在の2万円の価値があるそうです。工事主だった曽祖父、下平三次郎は関係地主が支払う3円を、人員、飯場、金策等に充てる予定でした。(という規約があった)始まってみると中々そううまくはいかず(工事資金が得られず)自らの家、山林田畑や、また知人に頼みこみ、知人の山林田畑を抵当とし、工事資金の1000余円を必死に揃えたそうです。そして志布志町内之倉の倉園から梅崎(大川内自治会)まで約4キロの長さを急斜面や丘を切り崩して開通させました。「水がきたぞー‼」ものすごく歓喜に湧いたそうです。曽祖父が作った棚田を絶対に後世や地域に残す必要があると思いました。
 

 

 

 

(機械もない時代、6.5キロの水路を鋤等(跡:写真左下)を使って完成させました。)

 

(耕運も陽気が手伝い、気持ちよくできました!まさに好運!?)

 

(棚田で作る米は無農薬・無化学肥料・無除草剤の完全無農薬です。全国各地に御愛顧していただいている方々に曽祖父に気持ちが届いています。)

 

(朝露が静かに田んぼの眠りを覚まします。太陽に照らされながら。)

 

 

曽祖父が資材をなげうってまで作り守ってきた、この棚田を後世に残したい!

 

祖先が食の乏しい時代に私財をなげうってまで作り守ってきた棚田。この風景と祖先の気持ちがつまった記念碑をいつまでも後世に語り継ぐことによって、曽祖父が喜んでくれると思います。

 

(向かって右が祖父。曽祖父と共に「血の涙」が出るほど苦労したそうです。)

 

 

 

 


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