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支援総額

0

目標金額 1,100,000円

支援者
0人
募集終了日
2021年5月10日

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2021年04月21日 08:00

『ホタテと瓢箪』の抜粋。その36。「ブリザード」

    A4の写真一〇枚が入っていた。

「今日のはプリントしてから支社に送るね」

『アルタミラ洞窟』でのわたしの写真。すべて顔のアップ。こんな写真を撮られたことは無かった。ニックはズルイ。モデルで無ければ顔のアップなど撮られる体験が無いのが一般人。だいたいが集合写真かスナップ。記念写真だ。良すぎるのがズルイ。わたしで在ってもわたしでは無い。アルタミラの初舞台を終えたわたしの高揚感が切り取られていた。わたしはその時「ヤッタ」と叫んでいた。ガイドとして一歩を踏み出した。記憶に残るガイドになると…。それが見事に写し出されていた。写真の一瞬には嘘が無い。

「ニック。ありがとう。でも不満。わたしはこんなに良くない」

「そう思うのはのぞみさんの勝手。これが写真なんだ」

 ニックは満足そうにビールを飲み干した。

    わたしは見つめられている。見つめられていた。

 ニックはわたしだけを見つめていた。アルタミラ洞窟でも今日の氷河でも。男に、こんなに、見つめられたのは、初めて。

 ニックと出会ったサンタンデールの港で彼はわたしを見つめてなかった。他の客を見るのと同じだった。それがアルタミラ洞窟で変わった。その変化に気づいた。気づいてもそれが何を意味するのか分からなかった。問い質せる性質の気づきでは無かった。

 ニックの眼力(めじから)がわたしを射抜くと落ち着きを喪った。照れ臭かった。それでも顔を紅らめモジモジせずに済んだのはガイドの職務。見つめられていても精いっぱい初舞台の後を務めた。

 ニックはわたしが気づいていないわたしの何かを見つめてる。見届けようとしている。分かったのはこれだけ。わたしが気づいていない何かとはナニ。それって一体ナニ…。わたしは彼に丸裸にされてしまう。アルタミラ洞窟での写真を見た時に恥ずかしさが込み上げてきた。良すぎるわたし。虚像のわたし。わたしが気づいていない何かがわたしの裡に眠っているのなら何だか嬉しくなる。けれど何も無かったのなら恥ずかしくて何処かに消え入る他ない。

 ネガティヴに考えるのは止そう。わたしの悪い癖。ニックは何かを感じたからわたしを見つめ撮ったのだ。それを信じよう。わたしが何かを分からなくても良いのだ。こう思うと肩の力が抜けた。普段通りが戻って来た。そして嬉しさが爆発しそうになった。

 わたしは、誰からも、わたしだけを、見つめられたことが無い。

 わたしはニックと夜を共にした。

 

 二日目の夕方。麓に降りようとしていた時に天候が急転。激しいブリザード。雪面からも雪が激しく吹き上がり一瞬でホワイトアイト。

    ニックが「俺から絶対に離れるな。離れたら死ぬ」。

 ニックはスキーを外し板のテールで穴を掘り始めた。わたしも掘った。ビバークできなければ二人とも凍死。氷河の雪は硬い。簡単には掘れない。板のテールでは硬い雪氷に弾かれ歯が立たない。

 わたしが雪だまりを見つけた。ギャップの下の雪だまり。そこを手で掘った。二人が身体を折りたたんで入れる窪みになった。ニックはスキーバンドで四枚の板を繋ぎ窪みの上に天井を作った。

「こうすれば雪が天井を塞いでくれる。アラスカでイヌイットに教わったのさ。雪が俺たちを守ってくれる」とニックが付け加えた。

 抱き合って時をやり過ごす他に生き延びる術がないのが今。

 眠くなった。

    ウトウトしているとニックに頬を叩かれた。

「眠ると低体温症で死んでしまう。夜明けまでは十二時間もある」 

 ニックはポケットから半分になった板チョコを取り出した。

「夜半には天候が回復するだろう。それに期待しよう」 

 わたしはひとかけらを口にした。命を繋ぐ甘さ。

 頭上では風の音が鳴り止まない。

 ニックが子供の頃を話し出した。

「俺はいじめられっ子だった。それで引き籠りになった。学校が嫌いだった。親父から十五歳の誕生日にカメラをプレゼントされた。それからは何時もカメラを手にしていた。それを見つめていた親父は白黒用の現像器機一式を買ってくれた。撮っては印画紙に焼き付けていた。自撮りを試みた。自分の写真に愕然とした。酷い顔。表情が歪んでいた。生気がなく生きているのか死んでいるのか…。俺の顔は他人にこう写っていたのか…と思うといたたまれなくなった。それからなんだ。自分の顔が、表情が活きるには…を考えた。それを親父に話した。『研一。何かに夢中になるのが早道』。当時の俺はカメラ以外に夢中

になれそうなものが無かった。十八歳の時の自撮りは少しマシになった。それからは本格的に夢中になった」

 こんな時はお喋りが最善。眠気と不安を遠ざけてくれる。

「小四の体育のテストは逆上がり。上がれなくて公園で練習した。コツが掴めなくて全然ダメ。手の皮が剥けた。血が滲んだ。それでピアノの稽古を一週間休んだ。父が『引き手が弱いから上がれない。でも弱くても上がれるぞ。ほらね』と実演。父は『コツは足で地面を蹴るときに伸ばしている両手を思っ切り縮めるんだ。すると振り子の原理が働く』。

    父は簡単に上がる。わたしも挑戦。三回目には上がれた。父の言う通りだった。でも両手の包帯が取れてまた血が滲んできた。結局二週間も稽古を休んだ。それで目前に控えていた発表会を欠場してしまった。悔しくて泣いた。体育のテストも休場。先生も両手に包帯したわたしに無理を言わなかった。『細川のテストは包帯が取れてからだ』。一週間後のテストでは難なく上がった。努力すれば成し遂げられるを初めて知った。同時に努力には犠牲が伴うと。もうひとつの苦手を聞いてくれる…」

「うん。面白かった。もうひとつの前に俺のを聞いて欲しいな」

「ニックがいじめられっ子だったとは想像できない」

「親父には感謝している。遊び道具のつもりで買い与えてくれたカメラに夢中になれたから。俺は勉強が嫌いだったからカメラに逃げ込んだ。親父は『夢中になれるのならそれで良い。とことんやってみろ』とだけ。意外だった。こんなに両親に甘えて良いのかと思い始めた。でも学校と勉強に戻れなかった。俺には二十四時間が在った。この時を境に世界中の写真を図書館で漁った。そこには俺を打ちのめした写真が沢山在った。こんな写真は俺には絶対無理。そう思ってもカメラから離れられなかった。離れた時には俺は俺自身を弱虫、イクジナシと軽蔑してしまいそうだった。それと世界中を歩き回る夢が宿り広がっ

た。こうなったら俺のものだと実感した。世界中を歩き回るには必要が在ると気づいたんだ。先ずは英語と地誌って。図書館が俺の学校になった。お袋は図書館通いする俺に嬉しそうにキャラ弁をせっせと作ってくれる。嬉しかったけれど恥ずかしくて誰にも見られないようにこっそり食べていたんだ。甘やかされて育った俺。両親に心配ばかりかけてきた俺なんだ。今でも両親は俺を応援してくれている。俺だけを見つめているんだ」

「そうだったんだ。お話しを聞いてわたしも変わらないと思った。わたし。両親とくに父を安心させたくて教師になったの。もちろんわたしのピアノの腕前も在った。プロになれるのならそれが両親の夢。小っちゃい頃からわたしのピアノに無理してでもお金をつぎ込んだ両親。でもわたしのプロは叶わない。安心させたくてはわたしの為でも在ったんだ。ひとつ聞いてもイイ…」

「なに」

「キャラ弁でどんなの…」

「恥ずかしいなぁ…。でもこの際だから言っちゃう。幼い頃よく絵を描いていたんだ。動物とかアンパンマンとかドラエモンとか。その絵をお袋は取っていてその絵を忠実に再現したのがキャラ弁。弁当の蓋を開けると想い出す。確かにあの時に俺が描いた絵だって」

「お母さん。やるね」

「俺が子供の写真を撮るようになったのはキャラ弁かも…」

 お喋りは時間を速めてくれる。不安と眠気を弱めてくれる。

 腕時計の日付が変わった。風の音が小さくなった。

 携帯が通じた。ニックが無事を伝えると「ヘリコプターでの救助の準備は整っている。飛べるか、どうかは天候次第」との返答。他のスキー客の安否を尋ねられたが分からない。「外の様子を見る」とニックは穴から出た。わたしも一緒に出た。嵐は止み満月が浮かんでいた。大気が透き通り数々の星雲が間近に降りていた。天の川が近くに在った。月灯りが氷河のすべてを蒼く照らしていた。見下ろすと麓の灯りがチラチラ。穏やかな幻想。嵐が嘘のよう。

 わたしの、長距離が苦手は、お預けになった。

 朝陽が昇った。ブリザード一過の晴天。風も無い。陽を浴びると温かく凍てついた身体が緩んだ。体温が上がった。心地良い。

「のぞみさん。ヘリで降りる…。滑る…」

「もちろん滑る。ニックはわたしの後について来て。追い越さないでね。だってわたし。付いて行けない。お願いします」

「OK」

  わたしはニックに何ひとつお礼できなかった。「ありがとう」のひと言も。でもわたしの「ありがとう」は伝わったと思う。他にも伝わったはず…。抱き合って過ごしたふた夜。言葉に出さなく言葉に出さなくともわたしの想いの丈は伝わっているはず…。気づいたら育まれてしまったわたしの想い。告白しなくとも気持ちは伝わる。それが分からないほどニックは無粋で頓珍漢ではない。そう思いたい。告白できなかったのはわたしの自信の無さ。トラウマに邪魔されたのかも…。傷つきたくない心がわたしを邪魔する。

   言葉に出さなくともわたしの想いの丈は伝わっているはず…。

 

 

 

 

 

 

 

リターン

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10,000


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『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。

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『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』をワープロ圧縮原稿を添付メールで送信します。

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20000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。

『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。次に『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』『』アンダルシアの木洩れ日』のワープロ圧縮原稿を添付メールで送ります。

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