先週の木曜日に、プロジェクトを公開させて頂き、現在、18人の方々よりご支援頂き、目標の13%へ到達しました。

ご支援頂いた皆様、また『いいね!』や『シェア』で応援して頂いた皆様、ありがとうございます。まだまだ目標は遠いので、今後とも応援よろしくお願いします。

 

さて、初めての新着情報の更新です。私が障害者スキーに携わり、没頭するきっかけを書かせて頂きたいと思います。

 

小学生の頃、運動音痴だった私は、地元のスポーツクラブへ通っていました。競技体育ではなく社会体育という分野です。側転をいつも上手にできる子供より、足が曲がっていて形は汚くても、初めてできたという子供をしっかり抱きしめ、共に喜んでくれる先生方を見て育ち、『可能性を見出す仕事』に憧れがありました。

 

しかし、進路を考えた高校三年生、やはり運動音痴のままで皆の前で見本も見せる事ができそうになく、好きだった調理師学校への進学を決めました。その冬、阪神淡路大震災にあいました。進路が決まっている元気な若者、家の中もグチャグチャだったのですが、いつもお世話になっていたスポーツセンターで1ヶ月程、住み込みボランティアをさせて頂きました。

 

当たり前の生活が、わずか数十秒の揺れで大きく変わり、ご家族や仕事、家、夢や希望まで、あっという間に失った方をたくさん前にして、自分の無力さも感じました。自分の人生、一度は諦めた『可能性を見出す仕事』に、もう一度チャレンジしたい、という気持ちもわき上がるきっかけになりました。

 

ひとまず調理師学校を卒業し、旅館へ就職した後、障害者専門スキースクールの門を叩きました。

 

毎日毎日、いろいろな障害がある方が訪れました。初めて見る切断した足、なかなか聞き取りにくいお話、玄関を埋め尽くす装具の山、車椅子での追いかけっこ、どちらの義足が臭くないか競争、いろいろな経験ができました。

 

そんな中、片手片脚が麻痺している小学年のレッスンを担当しました。麻痺している手はいつもグーになっています。普段は父兄や学校の先生がグーを開きパーにして、手袋をはめてもらう、との事でした。昼食が終わり、『今日は頑張って手袋つけてみようか?』と提案すると、不安そうに挑戦しだしました。私が手をパーにして、自分で親指からはめていきます。『いちめーん、にめーん・・・』とゲームのステージをクリアするように、親指をはめたら、人差し指へ。その後は、という頃には中指から小指は曲がっていました。『はい、やりなおーし!』と言って、またパーにしてあげて、『いちめーん、にめーん、さんめーん・・・』挑戦が始まり40分後、彼は人生初めて自分で手袋をつける事ができました。レストランで二人で涙を流し、一緒に喜びました。

 

翌朝、宿泊場所まで迎えに行くと、いつも以上の笑顔で迎えてくれました。『きのう、あれからお父さんと練習したんだ!』。ゲレンデへ向かう最中、ルームミラー越しに彼は夢中になって手袋をはめていました。40分かかっていたのがわずか15分ではめる事ができ、彼は自慢げに手袋をはめた手をニコニコ眺めていました。『先生、見てー!』という彼の笑顔が、昨日に続きぼやけて見えた事を昨日の様に覚えています。

 

よく『障害者にスキーを教えるなんて偉いね!』なんて言われますが、偉くも何ともありません。受講生の『できたー!』っていう満面の笑みを間近で見る事ができる『可能性を見出す仕事』。私自身、とても幸せを感じる事ができるんです。

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