「今でも被災地で描く場所があるのですか?」
いつものように質問されることです。
この問いに対して私は必ずこう答えます。
「むしろ今の方が描かなくては行けない場所は多いのです」 

 

震災直後が出発点とすると、現在の復興過程は択一的な復興対策に対し千差万別な状況となっていると感じているからです。

今回の遠征では、その中から特に気になっている5箇所を選び描く計画を立てていました。

しかし、出発直前の12月27日、野蒜海岸に年末年始だけ立つ鳥居があるという新聞記事を読み、急遽予定に追加し訪れることにしました。

この野蒜は昨年旧野蒜駅と佐藤山を描くため訪れていました。

松島湾東端にある半島の付根で東松島観光の拠点として知られた平坦地で多くの犠牲者が出た場所です。

鳥居は矢本川河口付近の野蒜築港の突堤跡付近に立てられいました。砂浜で釣りをする人や凧あげなどで、寒空にもかかわらず多くの人で賑わっていました。

 

「この初日の出会場に鳥居を建てるのは昨年から実施されていて、先日私たちが建てたものです。排水機場近くにあった冠水した杉を使って作ったものです」

描いているときやってきた青年2人がそのように教えてくれました。

彼らは埼玉出身で春日部のボランティア団体を通じて、震災4日目にやって来て、そのまま居ついたとの話でした。 同郷同士で話がはずむなか、

 

私が何故描き続けているのかを話すとひとりがこう答えた。

「私たちの想いとまったく同じですね。ここまで関わって来たからには、最後までなければいけないでしょう」

ずっと見続けているからこそ見えてくるものがある。 だから描き続けていのだと。

 

 

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