2024年度クラウドファンディング事業報告書
2024年度クラウドファンディング事業報告書
第2弾!世界のクマ研究最前線 〜人とクマが共に生きられる環境を未来へ〜
1.はじめに
2024年3月4日〜4月15日の43日間にわたってReadyforと北海道大学が共同で進めるクラウドファンディング(目標額500万円、All or nothing形式)に挑戦しました。幸い総額9,645,000円のご寄付を賜ることができ、成功裏に終了することができました。早速4月からこの寄付金を活用して“世界のクマ研究最前線”を実践しました。以下に、その研究内容および成果を記します。
2.ネパール・ヒマラヤ地域でのヒグマ生態調査
2024年4月に、当教室の大学院生であるRishi Baralと一緒にネパールに行ってきました。今回も、ヒマラヤ高山域でのヒグマの生態を明らかにすることを目的に、主にカメラトラップの設置と回収を行いました。場所は、アッパームスタンと呼ばれるネパールの中でもかなり辺境の地となります。カトマンズからポカラ経由でジョムソムまで飛行機で移動し、そこから車でさらに高標高地に向かいました。かつてのムスタン王国の聖地だったロマンタンをベースにして、ヒグマの調査地を一つ一つ訪ねてきました。最初に、標高3,800メートルの山に登り、獣道沿いに自動撮影カメラを仕掛けました。往復5時間ほどもかかる難所でしたので、けっこう疲れましたが、何とか一つ新たなカメラを設置できました。次に、ヤラという村に移動し、そこでもヒグマの生息地を視察しました。途中ブルーシープ(ヒグマの餌になる)やハゲワシを見ることができました。準備に要した時間に比べるとヒグマ生息地に滞在できた時間はとても短いものでしたが、その印象としては2回目ながらも強烈なものでした。果てしなく続く荒涼とした風景、そこは植物もほとんど育たない赤土だけの世界でした。こんなところでヒグマはどのように生きているのか、いったい何を食べているのか、疑問は尽きません。ぜひ彼らの生態の一端を明らかにしたいものです。今回のネパール訪問中に、当教室でネパールのツキノワグマとナマケグマの研究で博士の学位を取得した各々Rabin KadariyaとRajan Paudelと再会を果たしたことも大きな収穫でした。2人ともネパールで野生動物関係の大事な仕事をしていることを知り、大変頼もしく思いました。以上の研究から得られた成果をまとめて、2024年には1編の論文発表と2回の学会発表をしました。
1)Baral, R., Adhikari, B., Paudel, R. P., Kadariya, R., Subedi, N., Dhakal, B. K., Shimozuru, M. & Tsubota, T.: Predicting the potential habitat of bears under a changing climate in Nepal. Environ. Monit. Assess. 196: 1097, 2024.
2)坪田敏男:ネパールにおけるクマ3種の生態と温暖化による影響.日本哺乳類学会2024年度大会(2024年9月7日,兵庫県立大学神戸商科キャンパス)自由集会「辺境の地での調査〜希少大型哺乳類の生態に迫る〜」口頭発表
3)Baral,R., Paudel, R. P., Achikari, B., Kadariya, R., Subedi, N., Dhakal, B. K., Shimozuru, M., Tsubota, T.:Predicting the potential habitat of bears under a changing climate in Nepal. 28th International Bear Association Conference(2024年9月15-20日 カナダ・エドモントン)口頭発表
3.北海道のヒグマ生態調査
まず、道北の北大中川研究林では、今年度は残念ながら1頭もGPS首輪を装着することはできませんでした。しかしながら、これまでに得られた捕獲ヒグマの行動圏や土地利用などのデータをまとめて論文化を進めています。
次に、本年度も当教室で行っている道東知床半島でのヒグマ生態調査を継続しました。6月と8月にヒグマ4頭を捕獲し、血液や体毛など研究材料の採取とGPS首輪の装着と行動追跡を行いました。6〜11月まで定期的にヘアトラップによる体毛の採取ならびに痕跡調査による糞の採取を行い、各々からDNA抽出と遺伝子解析を行いました。さらに、DNAメチル化を指標とした年齢推定や体毛中に蓄積した水銀濃度の測定などを実施しました。
また、ヒグマおよびエゾシカにおけるマダニ媒介性病原体ならびに腸管内寄生虫の探索研究を実施しました。実際、いくつかの病原体および寄生虫が見つかり、宿主であるヒグマおよび寄生するマダニが、各々感染症伝播にどのような役割を果たしているのかを調べています。同様の研究をエゾシカでも行っています。以上の研究から得られた成果をまとめて、2024年には4編の論文発表および5回の学会発表などをしました。
1)Kovba, A., Nao, N., Shimozuru, M., Sashika, M., Takahata, C., Sato, K., Uriu, K., Yamanaka, M., Nakanishi, M., Ito, G., Ito, M., Minamikawa, M., Shimizu, K., Goka, K., Onuma, M., Matsuno, K. & Tsubota, T.: No evidence of SARS-CoV-2 infection in urban wildlife of Hokkaido, Japan. Transboundary and Emerging Diseases 2024(1): 1204825, 2024.
2)Shimizu, K., Shimozuru, M., Yamanaka, M., Ito, G., Nakao, R. & Tsubota, T.: Seasonal infestation patterns of ticks on Hokkaido sika deer (Cervus nippon yesoensis). Parasitology 1-9, 2024.
3)Moriyoshi, M., Hayashi, N., Nonaka, N., Nakao, R., Yamanaka, M., Tsubota, T. & Shimozuru, M.: Patterns of intestinal parasite prevalence in brown bears (Ursus arctos) revealed by a 3-year survey on the Shiretoko peninsula, Hokkaido, Japan. International Journal for Parasitology: Parasites and Wildlife 26: 101048, 2025.
4)Shimizu, K., Shimozuru, M., Yamanaka, M., Ito, G., Nakao, R. & Tsubota, T.: Evaluating the vector potential of deer keds Lipoptena fortisetosa for selected pathogens in Hokkaido sika deer. Parasitology International 107: 103053, 2025.
5)坪田敏男:ヒグマとマダニ媒介性感染症にみるDisease ecology.第167回日本獣医学会学術集会(2024年9月10日,帯広畜産大学)シンポジウム講演
6)下鶴倫人:どんな個体がいるのか?うんちから年齢が分かる!.日本哺乳類学会2024年度大会(2024年9月7日,兵庫県立大学神戸商科キャンパス)自由集会「最新解析技術で挑む、どこに・どれだけ・どんな個体がいる?効果的な保護管理への応用可能性を探る!」口頭発表
7)高畠千尋,清水広太郎,中村汐里,馬谷佳幸,浪花彰彦,山中正実,下鶴倫人,坪田敏男:北海道北部地域に生息するヒグマによる生息地選択の季節変化.日本哺乳類学会2024年度大会(2024年9月7日,兵庫県立大学神戸商科キャンパス)口頭発表
8)Shimozuru, M., Nakamura, S., Yamazaki, J., Yanagawa, Y., Sato, N., Honda, Y., Ito, H. & Tsubota, T. Age estimation based on blood DNA methylation: A simple method applicable to multiple bear species. 28th International Bear Association Conference(2024年9月15-20日 カナダ・エドモントン)ポスター発表
9)Nakamura, S., Yamazaki, J., Matsumoto, N., Hagino, K., Sakamoto, H., Yamanaka, M., Jimbo, M., Yanagawa, Y., Ito, H., Tsubota, T. & Shimozuru, M.:Non-invasive age estimation based on DNA methylation using hair in brown bears. 28th International Bear Association Conference(2024年9月15-20日 カナダ・エドモントン)ポスター発表
4.飼育下ツキノワグマの冬眠研究
2024年に新たなツキノワグマの冬眠研究を実施することはありませんでしたが、以下のような研究成果発表をしました。
1)坪田敏男:冬眠中に出産も行う クマの冬眠とその生理.Milsil(国立科学博物館発行 自然と科学の情報誌 ミルシル)Vol.17 No.1:6-8,2024.
2)下鶴倫人:クマは人類に健康をもたらすか?過食と絶食を繰り返すクマのお話.日本農芸化学会2025年度大会(2025年3月8日,兵庫県立大学神戸商科キャンパス)農芸化学 Frontiers シンポジウム.招待講演
3)宮崎充功, 下鶴倫人, 宮地達也, 粕谷龍一, 李光源, 坪田敏男. 冬眠動物の骨格筋組織幹細胞における低温耐性. 第32回日本運動生理学会大会(2024年8月22日 石川県金沢大学)口頭発表
4)坪田敏男:クマ類の不思議な生態と生理.第11回日本時間栄養学会学術大会(2024年8月23日,東京工業大学大岡山キャンパス)シンポジウム「異なる周期の栄養学について考える」講演
5.普及啓発活動
(1)本の刊行
2025年中に2冊の本の刊行を予定しているので、その執筆を進めました。一つは、「ホッキョクグマの本」で、2023年に参加したカナダ・ハドソン湾でのホッキョクグマ生態調査の模様を、一緒に経験した札幌市円山動物園ホッキョクグマ飼育担当の鳥居佳子さんとの共同執筆で1冊の本にまとめて出版します。もう一つは、東京大学出版会からホッキョクグマ、ヒグマそしてツキノワグマの人との関わりについての本を出版予定です(坪田がホッキョクグマを担当)。その他にも、下の4つの雑誌やニュースレターの出版に協力しました。
1)坪田敏男・下鶴倫人:特集 向き合う−北大とクマ−(取材協力)LITTERAE POPULI(北海道大学の今を伝える広報誌。リテラポプリ)Vol.73:3-9,2024.
2)坪田敏男:ほっかいどうのクマ事情 特別企画 おしえて!坪田教授(取材協力)OOZORA(西野中学校PTA広報部編集) Vol.91, 2024.
3)坪田敏男:大氷原にホッキョクグマを求めて.北海道大学総合博物館ボランティアニュース 68: 5, 2024.
4)坪田敏男(取材協力):特集 北海道の豊かな自然の象徴ヒグマと人との共存を考えて45年 ヒグマの会.季刊アイワード 第21号(通巻367号): 2-5, 2024.
5)中村汐里・下鶴倫人・山﨑淳平・坪田敏男:クマの年齢推定―エピジェネティッククロックが拓く野生生物保護管理の新たなアプローチ 生物の科学 遺伝 Vol 78(3):208-214, 2024
6)宮崎充功・下鶴倫人:クマ類の冬眠と身体適応性―寝たきりにはならないクマ類の冬眠 生物の科学 遺伝 Vol 79(1):52-60, 2025
(2)講演・セミナー・サイエンスカフェ・展示
2024年も、一般市民向けの講演会やトークショー等で、これまでの研究成果や人とクマとの関係などを話す機会を得ました。以下に主だったイベントを記します。
1)坪田敏男:北海道のヒグマとどう向き合うか?.札幌サイエンス・フォーラム2024 第57回市民科学講演会(2024年5月25日,札幌市中央図書館講堂)
2)坪田敏男:世界のクマの調査研究と現状〜ホッキョクグマとヒグマを例にして〜.2024年度北大祭公開講義(2024年6月8日,北大文系共同講義棟W103共同講義室)
3)坪田敏男:クマを知る クマに学ぶ〜その不思議な生態と生理.札幌ロータリークラブ例会(2024年7月24日,札幌グランドホテル)
4)下鶴倫人(講演):ヒトはクマとどのように関わっていくべきか(2024年7月24日 北海道・上砂川中学校)
5)坪田敏男:北海道のヒグマとどう共存するか?.令和6年度北海道地区学会特別講演(2024年8月29日,北大高等教育推進機構S2教室)
6)坪田敏男:ヒグマと人間の共存のためにできること.北大道新アカデミー総合コース「動物と人間社会〜科学・歴史・文化から問い直す」(2024年10月12日,北大高等教育推進機構N302教室)
7)坪田敏男:人とヒグマの軋轢はなぜ増えているのか?.2024年度日本学術会議公開シンポジウム「増大する野生動物と人間の軋轢:これからの鳥獣管理と人間社会を考える」(2024年11月24日,日本学術会議講堂)
8)坪田敏男:北海道における人とヒグマの共存への道.野生動物リハビリテーター協会創立20周年記念講演(2024年11月30日,ホテルポーラスター札幌)
9)坪田敏男:クマの不思議な生態と人里への出没問題.2024年度北海道政経懇話会(2025年3月26日,札幌東急REIホテル)
10)坪田敏男:人里に出没するクマの行動生態と危機管理.危機管理医学研究会セミナー(2024年5月21日,オンライン)
11)坪田敏男:クマが辿った進化の道筋〜草食を選んだ肉食獣〜.早稲田大学エクステンションセンター夏学期講座 森の隣人「クマ」を学ぶ第1回(2024年7月5日,オンライン)
12)坪田敏男:クマの生態〜行動、遺伝および食性〜.早稲田大学エクステンションセンター夏学期講座 森の隣人「クマ」を学ぶ第2回(2024年7月12日,オンライン)
13)坪田敏男:クマの生理〜冬眠と繁殖〜.早稲田大学エクステンションセンター夏学期講座 森の隣人「クマ」を学ぶ第3回(2024年7月19日,オンライン)
14)坪田敏男:人とクマの関わり.早稲田大学エクステンションセンター夏学期講座 森の隣人「クマ」を学ぶ第4回(2024年7月26日,オンライン)
15)坪田敏男:クラファン・オンライン・サイエンスカフェ「ホッキョクグマの未来を考える」(2024年12月19日,オンライン)(札幌市円山動物園 池田浩康係長司会,鳥居佳子動物専門員トークショー)
16)坪田敏男:クマの不思議な生理〜冬眠と繁殖〜.夢ナビ2024(2024年9月4日〜,オンライン)
(3)企画展示
2024年は、下のとおり、北海道大学総合博物館を使って企画展示を行いました。展示期間中4万5千人の来館者があり、多くの市民や観光客にホッキョクグマ展をご覧いただきました。
1)坪田敏男(担当、札幌市円山動物園、NHK札幌放送局協力):ホッキョクグマ展.北海道大学総合博物館企画展示(2024年10月10日〜11月30日、北大総合博物館・企画展示室)
6.若手研究者との共同研究
前回のクラファンで実施した若手研究者との共同研究を紹介します。次のように5件の共同研究を採択し、現在共同研究を進めています。
1.富田幹次(高知大学農林海洋科学部)
「ヒグマのセミ掘り行動はどのように集団内で拡がったのか?社会学習に注目して」(50万円)
2.大部鏡悟(北海道大学ヒグマ研究グループ)
「天塩研究林における長期モニタリングが行われているヒグマ個体群でのDNAによる個体識別」(30万円)
3.徳長ゆり香(北海道大学大学院獣医学院)
「マイクロ・ナノプラスチックによるヒグマの汚染実態及び健康リスクの解明」(40万円)
4.三澤 楓(麻布大学獣医学部動物応用科学科)
「ヒト歯周病原性細菌がヒグマに感染し歯周病を発症させているのか?」(30万円)
1)三澤 楓, 萩野恭伍, 吉見優,三浦一輝, 日野貴文,下鶴倫人, 坪田敏男,山中正実, 島津德人: ヒグマにおけるヒト歯周病原性細菌の感染状況. 第30回日本野生動物医学会大会(2024年12月13日 沖縄県沖縄科学技術大学)口頭発表
2)三澤楓, 吉見優, 萩野恭伍, 川瀬啓祐, 下鶴倫人, 坪田敏男, 島津德人:ヒトとヒグマ(Ursus arctos)におけるヒト歯周病原性細菌の交差感染の可能性.第167回日本獣医学会学術集会(2024年9月10日,帯広畜産大学)口頭発表
5.山田孝樹(認定特性非営利活動法人 四国自然史科学研究センター)
「四国山地ツキノワグマ個体群における生息地選択制の推定」(80万円)
7.予算の使途内訳
ご寄付いただいた9,645,000円は、以下のように使途いたしました。改めて、ご協力に感謝申し上げます。
1)ネパールのヒグマ生態調査参加旅費:約54万円
2)北海道のヒグマ生態調査旅費および消耗品費:約300万円
3)若手研究者との共同研究費:230万円
4)展示等のアウトリーチ活動費:約47万円
5)リターン製作および送料:約12万円
6)クラファン第2弾および第3弾広告宣伝費:55万円
7)Readyforおよび大学への手数料:約197万円
8)次年度繰越金:約70万円
8.終わりに
以上のように今回ご寄付いただいた貴重な財源により、研究、教育、社会活動、人材育成、普及啓発など数多くの活動を進めることができました。改めて、ご支援いただいた皆様に厚くお礼申し上げます。最後に、ご協力いただいた関係機関ならびに個人を記して感謝の意を表します。
カナダ・アルバータ大学のアンドリュー・デロシエール教授、ネパールNational Trust Nature Conservation(NTNC)、ネパール国立公園および野生生物保護局(DNPWC)、財団法人知床財団、北海道大学中川研究林、NPO法人南知床ヒグマ情報センター、北海道総合研究機構、北秋田市阿仁クマ牧場(くまくま園)、のぼりべつクマ牧場、応援メッセージをいただいた小菅正夫氏、山中正実氏、山崎晃司氏、大竹英洋氏、田中純平氏の皆様、本当にありがとうございました。
連絡先:北海道大学大学院獣医学研究院野生動物学教室
教授 坪田 敏男
tsubota@vetmed.hokudai.ac.jp

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