今日も温かいご支援をありがとうございます。

 

昨年の脱毛症治療のガイドラン改訂について、患者間では様々な意見が飛び交っているようです。

 

その中で私が目にして最も心に痛みを覚えたのが、「医療に見放された気がする」という投稿。

ウィッグの使用を推奨するとされた改訂内容に対し、「それはつまり、治せる見込みがないという事?」「隠せば何とかなるんだからウィッグでごまかせと言いたいの?」・・・そんな悲痛な叫びがあちこちによせられていました。

 

脱毛症は、確かに命に関わる病気ではありません。

髪の毛がないだけ。うちの娘もそれ以外はいたって健康。元気そのものです。

 

でも、この病気は心に深い影響を及ぼします。

それも髪の毛がない事を嘆くばかりではなく、「ウィッグによって本当の自分を隠す生活が始まるのではないか」というような、個々の人生観にかかわってくることも・・・

上記の言葉は先日のイベントでお会いした小児脱毛症のお子様のお母様が話して下さった事です。

 

今は「ウィッグも帽子のひとつ、おしゃれのひとつと考えられるようになった」と明るく話して下さいましたが、その心境に至るまでには想像もつかないような葛藤があったはずです。

 

子供の年齢が小さければ小さいほど、彼らには自分の意志というものが明確に表せませんから、親が代わって選択をする事になる。

 

その責任感や重圧は、計り知れないものがあるのです。(もちろんこれは脱毛症だけでなく、すべての病気に言える事だと思っています)

 

私としてはもちろん、脱毛症の根本的な原因の解明や研究にもっと力を入れて欲しい気持ちはあります。しかし、優先順位としたらやはり命に関わるような重大な病気から・・・というのも納得しています。

たとえ脱毛症が完治しなくても、極論ですが彼女が生きてさえいてくれれば良いですからね。

 

ただ、治療への研究が進まないのであれば医療用ウィッグ(基本的に高い!)の助成金制度を取り入れるとか、難病指定、医療費の一部免除等、国をあげて患者に寄り添って欲しいと思うのです。

 

「つらい気持ちに寄り添って欲しい。」

 

それが患者や家族のいちばんの望みなのではないかと、私は思います。

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