美しい文化論　　両吟歌集『クアドラプル　プレイ』のこと

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　両吟歌集『クアドラプル　プレイ』（蝦名泰洋✕野樹かずみ）のことを少し書きます。

　90年代のはじめ、蝦名さんの誘いで、私たちの両吟（ふたりで交代に短歌を詠みあう）ははじまりました。途中の18年間の中断を経て、2020年9月、蝦名さんが病に倒れるまで、両吟は続きました。

　

　両吟は、楽しい遊びでした。モノローグ（ひとりごと）と思っていた短歌が、ダイアローグ（対話）に変わってゆく。たどりついた終わりの場所が、また別の世界の入り口になる。

 

　蝦名さんの病気がわかったとき、もう時間がなさそうでした。

　蝦名さんは自分の歌集より先に、両吟集を出すと言い張りました。どの作品を収めるかもタイトルも、蝦名さんが考えていました。60首を1巻として4巻240首。（最終的にその前後の巻から10首ずつ20首足して260首になりました）

 

   入院中の蝦名さんが、ゲラに目を通してくれたのは、亡くなる二週間ぐらい前だったと思います。死後刊行されました。

 

『クアドラプル　プレイ』（書肆侃侃房2021年）の最初の10首紹介します。

 

・口笛を聞かなくなりし界隈に今日も無言の帰宅者が散る　（泰洋）

・どなたへの贈り物だろう夜のバスの光の箱に詰め合わせされて　（かずみ）

・約束のバス停留所会えるまで雪は鼓動を速めつつ降る　（泰洋）

・降る雪を見上げているとぐんぐんと体が空へのぼっていった　（かずみ）

・この人を鏡は映す雪月花むかしおろかにいまもおろかに　（泰洋）

・鏡ごしに笑ってくれた子がある日ぼくはママをゆるさないと言う　（かずみ）

・薄い背中わずかながらに気にかかる左右の翅の長さのちがい　（泰洋）

・十字架の影であったとふと気づく空飛ぶ鳥も飛べない鳥も　（かずみ）

・こどもらの積み木遊びの建築はためらいもなく墓の形す　（泰洋）

・生きている人の墓には窓があり窓の向こうに友だちがいる　（かずみ）

 

 

　あとがきに、蝦名さんが以前に連句について書いていた文章を載せました。

 

　「連句には駄句がないというはなしを聞いたことがあります。聞きまちがいだったかもしれませんし、記憶ちがいかもしれません。でもありえるはなしです。

　前の人が仮に駄句を付けたとしましょう。その句を次の人は輝かせるかもしれない。駄句同士を掛け合わせて輝かせるかもしれないし佳句で輝かせるかもしれない。この駄句には生きる道があるんだぞという意志が連衆には宿っている。座に参加した以上、他人の句を輝かせずにおくものかという気持ちが充満していたら、それで話が終わってもかまわないくらい。

　どの参加者も、言うなれば過去に向かって希望が持てる、それも連句の特質だと思います。昨日の自分に向かって希望が持てる文学なんて世界広しと言えど日本の連句ぐらいでしょう」

 

　上の文章について神谷直樹さんが「美しい文化論と言うべきだろう」と書いてくださったのはうれしかったです。両吟は、蝦名さんが世に問いたかった詩形式であり、詩歌の可能性をひらこうという挑戦でもありました。

 

　今回リターンとしてまとめる雑文集には、蝦名さんの魅力的な詩論歌論がちりばめられています。（雑文集は、ここでだけの配布になると思います。この機会にぜひ）

　リターンに、遺歌集『ニューヨークの唇』両吟歌集『クアドラプル　プレイ』のあるコースもあります。

 

　蝦名さんの詩歌と、その詩世界を、後世に残したいと願っています。応援よろしくお願いいたします。