​▲三代目薩摩駒形太夫(山形文雄)

江戸写し絵の起源は、約200年前、江戸時代の後期にオランダから輸入されたマジックランタン(幻燈機)に始まります。当時の日本文化は文楽、歌舞伎、義太夫節、浮世絵絡繰り仕掛けなど、江戸文化が花開いた時期でした。金属製のマジックランタンを木製に改良、暗い光源を逆手に取り、豊かな江戸文化をベースにして、木製の映写器『風呂』を手に持ち自在に操る、日本独自の映像劇『写し絵』を完成させたのです 。


享和3年(1803年)、江戸神楽坂で庶民の芸能として誕生し、全国に広がりました。しかし、時代の流れにおされ、1910年(明治43年)に姿を消す事になりました。私は、その『写し絵』を復元し、弱点を改良し、上演しました。


アメリカ『ハリウッド映画芸術科学アカデミー」から注目され、「映画誕生の100年前に極東の日本に映像劇があったことに驚き、映画前史の最初の項に『写し絵』を記載させるべきものである」と語っていました。シカゴ大学の映像研究の第一人者のトム·ガニング教授から、「『写し絵』は過去の歴史と未来を照らす新しい芸術形式」と賞賛されました。

 

ハリウッド映画芸術化学アカデミー公演の様子
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