寺の歴史の中で重要な存在である
大旦那・和田兵左衛門家を

ご紹介させていただきます。


和田家は、

信州(長野県)佐久郡和田から
寛文11年(1671年)頃この地に移住しました。
 

米相場師として、

元禄(1688~1704年)頃から急速に財をなし、
新庄戸沢藩・上山藩・秋田亀田藩などの諸大名に
多額のお金を貸し付けています。


また分かっているだけでも、
現在の寺の本堂を延享2年(1745年)に単独で再建。
戦前の梵鐘および鐘楼堂を享和3年(1718年)に建立。
他にも地元・両所神社を宝暦(1751~1763年)年間に再建。
 

さらに和田家からは、

当寺をはじめ数か寺に住職が輩出されました。
そして今回、

修復を目指している仏像に関しても、

詳細は分かっておりませんが、

間違いなく関わっている筈です。


このように和田兵左衛門家は、

地域や永昌寺は勿論のこと、
日本の歴史にとって欠かすことのできない大きな存在です。


現在、

屋敷跡に建物はなく面影はございませんが、
屋敷の西方の川の土手沿いには、
和田家歴代の墓碑が整然と並んでおり、

往時を偲ぶことができます。

 

永昌寺・副住職 布川浩久
 

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