『父は父である』の監督・脚本を務める渡辺監督は、現在文学部4年生。
大学入学年度は私と一緒の2011年で、大学1年目からの知り合いでした。

『父は父である』の脚本を読んだときに、私は彼にこの脚本を書いたきっかけについて尋ねました。

「それは父親の失踪だよ。僕の父親、借金と浮気を重ねまくって、知らないうちに失踪しちゃったんだけど、いま元気にやってんのかなぁと思って。
昔は父親の行動が理解できなくて、ものすごく悩んだし、気持ち的にもずっと落ち込んでいた。
ただ、自分自身が子供できるかもしれないって経験した時に、金銭的な問題や女性問題など、自分のコントロールが効かない出来事に不可抗力の中連続して直面し、父親が失踪したことは別に父親だけの問題ではなくて、ちょっとした誤差で起こりえることなんだろうなと感じたんだよね。そうしてみると、世界中に仕方ないことがたくさんあるように思えたんだよ。



そのとき、それまでオイディプス王が最後に言った「全てよし」の言葉は、問題に対して諦める意志を示していると思っていたんだけど、実はあらゆる問題を肯定的に包み込むことで解決を図る効果的なやり方なのではと思えてきて、そのことを映画によって実験し、世の中に示してみたいと思ったことが、脚本を書き始めたきっかけかな」。
監督は静かに、一言一言噛みしめるように答えてくれました。

新着情報一覧へ