私は生まれも育ちも岩城島で今66歳です。児玉弘道と申します。中東と日本を結ぶタンカーの船長として働き10年前に早期退職をし、現在農作業の傍ら近くの造船所に出入りする船舶の操船にたずさわっています。  

 

昨年4月より西部八幡神社の総代を近所の古本さんとともに務め、二人でお宮周りの雑木の処理や桜の植樹あるいは花畑を造ってきました。そのうち地域の皆さんも参加され、若いお母さんや子供たちに少しばかり喜ばれ、来年はもっともっと整備して春にはみんなでお花見をしようねと呼び掛けていました。

 

7月の七夕さんは子供たちの願いをかなえてくれるほほえましいものですが、この度の西日本を襲った集中豪雨がこの老兵二人の笑顔を消す羽目となり、私たちの小さな夢が無残にも打ち砕かれました。 腰が抜けるとはこういうことかと実感させられたものです。拝殿は崩壊しましたがそれに連なる本殿は微動せず、「落ちない神社」として残ったことに神がかり的な働きがあったと思わずにはいられません。

 

どうしよう、どうしようと思い悩みつつも過去の先達の皆様がまもってきた大事な神社をこのままにしておいてはいけない、何とかしなくてはと地区長を始め先輩諸氏に相談、地区の総会を経て復活させることとなり、大多数の方が動き始めました。ご高齢の人達は「大変なことになったのぉ」と心配顔でしたが、若いお父さんたちが神社復活の意思表示をしてくれ、勇気百倍、この地域はやはり西部八幡神社の存在が大きいものであることが再認識されました。この若いお父さんたちの熱い心が地域の一体感を醸成し、温故知新、良い歴史を作ることとなり私たち老兵は安心します。

 

地区の皆さんを始め、地元企業や島外で活躍する人たちにもご寄付を求め、少しずつお金が蓄積され、平行して鳥居再建工事を地元石材会社に依頼・実施してきました。1216日には鳥居が復活し、同24日には「鳥居再建奉告祭」という神事を執り行い、復興の第一歩をみんなで喜び合いました。

 

近年の異常災害の発生は全国各地で起き、怖さを覚えますが何もしないわけにはいきません。来年の梅雨時期までにはどうしても境内の盛土が完成されなければ再び悪夢を見ることが容易に想像できます。全国の皆様助けてください。温かいご支援をぜひよろしくお願いします。

 

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