ツェルニー門下クラック系統ニコライ・ルビンシテインの門人タネーエフはモーツァルトの幻想曲KV 396(1891年・Julius Block Cylinder C143)で端正に弾きながら抑揚を付けました。クラック門下シャルヴェンカはショパンの幻想即興曲Opus 66(1910年・Columbia A5261)やメンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソOpus 14(1913年・Columbia A5467)を淀みなき可憐な音色で奏しました。同門グリュンフェルトはショパンのワルツ第2番Opus 34/2(1907年・G&T 45550)やブラームスのカプリッチォOpus 76/2(1908年・G&T 45561)で硬質な音色によりながら、優雅な間合いで情感を引き出しました。

 

ツェルニー門下ダッハス系統アントン・ルビンシテインの門人ラブセヴィッツはショパンのバラード第2番Opus 38やワルツ第7番Opus 64/2(1932年・Odéon O-217129/488)で自然な抑揚で感情が表出させました。豪快な兄ニコライに対して、優雅な弟アントンの特質を伝えます。カシペロヴァ門下ストラヴィンスキーはピアノ・ラグ・ミュージック(1934年・Columbia 68300-D)やデュオ・コンチェルタンテ(1945年・Columbia ML-2122)でシゲティと演奏しました。ホフマンはアンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズOpus 22(1937年・Columbia KL-4929)やバラード第4番Opus 52(1938年・IPA 5008)で歌心あるレガートを主体にペダルを調節して情感を高めたり抑えたりしました。『ピアノの弾き方』(1920年)で奏法を解説しました。門人チャジンズはショパンのバラード第3番Opus 47(1961年・Kapp KC-9063S)を師譲りのレガートでよりたくましく弾きました。ライゼンバーグはハイドンのソナタ集[第35番Hob. XVI-43](1956年・XWN-18357~58)やショパンのノクターン全集[第2番Opus 9/2](1956年・Westminster XWN-18256~57)で溌剌とした演奏をしました。

 

ダッハス門下パハマンは古雅で滋味ある19世紀の演奏様式を伝える貴重な存在です。聴衆とお喋りして演奏しながら感嘆や幻滅の声を上げる奇行、また、真珠がビロードの上で転がるようなタッチで軽やかなピアニッシモを発揮しました。大田黒元雄『影絵』(1920年)は「彼の指から流れ出る音はどれもどれも皆生きて居る。そして或ひは笑ひ、或ひは叫び、或ひは嘆息する」、野村光一『ピアノ回想記』(1975年)は「晩年のパッハマンが到達したピアノ演奏の悟道でした」と最高の讃辞を送り、パハマンは『演奏の独自性の探求』(1911年・Etude Magazine)「自分の心の声の啓示するところに従い、自己を発展させてきた。自己の芸術と同じく自己を探求し、科学や文学を通じて人間を研究した」と語りました。パハマンは内声を加え、抒情を深め、伴奏リズムや和声を変え、レガートに弾き、天真爛漫なピアニズムを聴かせました。Duo-Art社製ロール制作の映像(1923年)も残されました。

 

バルカロールOpus 60(1907年・G&T 05502)では「ショパン・トリル」が可愛らしく、バラード第3番Opus 47(1912年・Victor 74309/16)後半部3:06や即興曲第2番Opus 36(1923年・Victor 6441)上下行3:15でビロード上に珠が転がるような美しいタッチを聴かせ、ピアノ演奏史上、最高の境地です。ワルツ第7番「子犬」Opus 64/1(1925年・DA-761)はペダルを少し踏んで音を濁らせ、緊張を高め、優雅に開放します。リストの愛の夢第3番S. 154(1916年・Columbia L-1102)で粒揃いのタッチで駆け上がり、甘美に情熱を込め、明朗に歌われます。ヘンゼルトのゴンドラOpus 13/2(1925年・Welte C7208)では薄絹が空を舞っているように柔らかく、特に最後で優美な芳香のような空気が漂います。

 

 

Josef Hofmann & Vladimir de Pachmann

 

ツェルニー門下レシェティツキはモーツァルトの幻想曲KV 475(1906年・Welte 1192)を絶妙な和声進行で内声を歌わせ、ショパンのノクターン第8番Opus 27/2(1906年・Welte 1194)でルバートで哀愁を漂わせました。門人エシポワはゴダールのガヴォットOpus 81(1898年・Julius Block Cylinder C136)で絶妙なリズムの揺らぎで内面を描き、タールベルクのベッリーニのオペラによる幻想曲(1906年・Welte 1084)で華麗で大胆な演奏を繰り広げました。和声進行を操り場面展開を巧みにしました。門人ツァイスラーはショパンのソナタ第2番Opus 35(1912年・Welte 2586~88)やノクターン第13番Opus 48/1(1924年・Welte 6960)で沈鬱な表情を深い打鍵で描き、クロイツァーはショパンのバラード第3番Opus 47(1927年・Polydor 40233)やリストの愛の夢第3番S. 541/3(1938年・Columbia W-241)で打鍵を深く沈み内面を掘り下げました。

 

トゥルチンスキーはショパンのノクターン第5番Opus 15/2やバラード第4番Opus 52(1950年・Benoît Zimmermann BZ-20103)で打鍵を変え、陰影を生み、ボロウスキはバッハのイギリス組曲(1952年・Vox PL-7852)・フランス組曲(1953年・Vox PL-8192)・インヴェンションとシンフォニア(1957年・Vox PL-10550)・平均律クラヴィーア曲集第1巻(Orbis CX-12302)を名演しました。ゴルボフスカヤはフランス古典音楽(1959年)やモーツァルトのロンドKV 511(1967年・Мелодия Д-21459-60)で陰影を見事に描き分け、プイシュノフはショパンのベルスーズOpus 57やバルカロールOpus 60(1964年・Saga XID-5013)で水晶のような輝かしい音色で色彩豊かに淡々と弾き進めました。プロコフィエフは協奏曲第3番Opus 26(1932年・HMV DB-7246~78)や束の間の幻影(1935年・HMV DB-5030)で透明な音色が冴えわたる名演を残しました。オルンスタインはショパンのノクターン第5番Opus 15/2(1916年・Ampico 5065)で独特な間合いを聴かせ、特に幻想即興曲Opus 66(1950年頃・私的録音)では高速で駆け抜けますが、中間部に入ると速度が急激に落ちて、幽玄な世界を描きます。

 

サフォノフ門下スクリャービンはソナタ第2番Opus 19(1908年・Triphonola 52093~94)や小品(1910年・Welte 2067~69/71~73)で独特の多彩な和声を感じさせます。同門イッサーリスは前奏曲集(1962年・Delta 12022)を構成美と明るさを出して弾きました。レヴィーン夫妻はモーツァルトのソナタKV 448(1937年・RCA LM-2824)を軽やかで華やかに演奏しました。ニコラーエフは強弱表現を大胆にして、門人ユーディナはバッハのゴールドベルク変奏曲BWV 988(1968年・Мелодия Д-23881-84)を明晰な音色と安定した重厚な和音、ベートーヴェンのソナタ第28番Opus 101(1958年・Д-05134-35)を常軌を逸した強烈な強弱対比や濃厚なリズム感で聴く者を引き込みました。

 

ソフロニツキーはショパンの即興曲第3番Opus 51(1949年・Д-08723-24)、シューマンの交響的変奏曲Opus 13(1959年・Д-11441/42)、スクリャービンの幻想曲Opus 28(1959年・Д-08779-80)やソナタ第4番Opus 30(1960年・М10-42795)で輝きに充ちた響きと彫の深さで心奥の情念を語りました。ラズモフスカヤはショパンのマズルカOpus 24/4やスケルツォ第2番Opus 31(1959年・Д-17959-60)で情熱を出し、グリンベルクはドイツ古典音楽を美しく奏でました。ベートーヴェンのソナタ第13番Opus 31/3(1961年・Д-06973/74)やソナタ全集(1960-74年・С10-05573~98)で豊かな情感を弾き分けました。モーツァルトのソナタ第17番KV 576(1961年・Д-05769-70)を優美で流麗に弾きました。

 

 

Theodor Leschetizky & Alexander Scriabin

 

レシェティツキ門下パデレフスキーはショパンのノクターン第5番Opus 15/2(1917年・Victor 74529)や自作のメヌエットOpus 14/1(1937年・HMV DB-3124)で師譲りの美しいタッチと歌うピアノを聴かせます。オピエンスキー門下ニジェルスキーはマズルカ集(1931/34年・HMV B-3550, C-2008~10)や練習曲集Opus 10 & 25(1952年・Ducretet-Thomson 320 C 024)で独特のリズム感を聴かせました。バウアーは旋律をしなやかに優美に歌わせ、シューマンの幻想小曲集Opus 12(1935年・HMV DB-2687~90)やブラームスのソナタ第3番Opus 3/5(1939年・Shirmer 2536~39)でペダルを巧みに操り、細かな抑揚を付け、味わい深く心に語りかける演奏をしました。ジェヴィエツキ門下ブリュメンタールはイベリア半島の鍵盤音楽(1952/54年・Decca LXT-2805/5218)を弾きました。ヨナスはショパンのマズルカ集(1946-48年・Columbia RL-6624)やノクターン集(1950年・ML-2143)で瑞々しい詩情を湛え、陰影を端正に弾き分け、壮絶な人生を回顧するよう、心奥に語りかけました。

 

ガブリロヴィッチはシューマンのノヴェレットOpus 99/9(1924年・Victor 1042)で落ち着いた佇まい、バウアーと連弾したアレンスキーの組曲第1番Opus 15(1928年・Victor 8162)で室内楽のようなピアノを聴かせ、アイゼンベルガーはブラームスのワルツOpus 39(1939年)を懐かしむよう弾き、ビューリグはバッハの半音階的幻想曲とフーガBWV 903(1938年)を内声に配慮して端正に表し、フリードマンはショパンのノクターン第16番Opus 55-2(1936年・Collumbia DX-781)で絶妙な速度と和声の感覚でやわらかさを引き出した決定的名演をしました。

 

シュナーベルはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を世界で初めて完成させ、モーツァルトの協奏曲第20番KV 466(1948年・RCA LHMV-1012)では作品の多彩な表情を澄んだ音色や豊かな情感で引き出しました。門人ショアラーはベートーヴェンの協奏曲第5番「皇帝」Opus 73(1950年・Mercury MG-10060)で師譲りの美しいタッチと細やかな構成力を聴かせます。モーツァルト弾きの門人リリー・クラウスはソナタ第11番KV 331(1951年・Music Masterpiece Society MMS-2191)や協奏曲第26番KV 537(1960年・Music Masterpiece Society MMS-2243)で人間味を感じさせます。バルトークから譲られた輝ける硬質なタッチや弾んだリズムでおちゃめな一面を出しながら、細かな楽句に存する絶妙な感情を強弱や速度を変えて弾き分け、シュナーベルから譲り受けた洞察により、作品に織り込まれた陰影を描き、包み込まれるような懐の広い演奏をしました。ハイドンのソナタ第50番Hob.XVI:016(1954年・Educo 3014)は、自由闊達かつ天真爛漫ながら内面に深さがある可憐な人物と感じさせます。

 

ウカシェヴィチはショパンの幻想即興曲Opus 66(1949年・Mewa 29)で師譲りの美しい音色でなめらかに歌い、中間部で儚い美しさを醸して、温かく包み込みました。モイセイヴィッチはベートーヴェンのソナタ第21番「ワルドシュタイン」Opus 53(1942年・HMV C-3259~60)で速度や強弱の鮮烈な対照、ショパンのマズルカ B. 140(1922年・HMV E-319)では気品あふれる音色でデリカシーを聴かせます。ティーゲルマンはショパンのバルカロールOpus 60(1950年代・カイロ放送局)で歌唱を大切にして強弱や速度の振幅が大きくロマンティックな風情を湛えます。バレンツェンはアメリカで誕生、ウィーンでレシェティツキ、パリでデラボルデ、ベルリンでバルトやドホナーニに師事して、あらゆる流派の演奏習慣を使い分け、古典楽曲から現代作品まであらゆる作品を弾きました。ベートーヴェンのソナタ第9番Opus14/1(1951年・ラジオ放送音源)やモーツァルトのソナタ第10番KV 330(1956年・Pathé DTX-197)で端正な音色で作品の美質を的確に把握して演奏しました。ダカンからヴィラ=ロボスまで音楽史を概観する小品集(1960年頃・Trianon 6.107)を録音しました。レシェティツキ門下は艶のある美しい音色で転調の妙を聴かせ、強弱と速度の変化を結び付け、自然に情感を歌い上げました。

 

 

Ignacy Jan Paderewski & Artur Schnabel

 

今回はルビンシテイン兄弟・レシェティツキを概観しました。

次回はロシア・ドイツ・フランスのピアニズムを概観します。

 

KFアーカイブを今後ともよろしくお願い申し上げます。

長文にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

 

平成28年4月23日

特定非営利活動法人 KFアーカイブ会長 中西 泰裕

 

近代ピアニストの系譜―クラック・ダッハス・レシェティツキ門下

 

Johann Sebastian Bach [1685-1750] ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

 Gottfried August Homilius [1714-1785] ホミリウス

  Johann Adam Hiller [1728-1804] ヒラー

   Christian Gottlob Neefe [1748-1798] ネーフェ

    Ludwig van Beethoven [1770-1827] ベートーヴェン

     Carl Czerny [1791-1857] ツェルニー

      Theodor Kullak [1818-1882] クラック

       Nicolai Rubinstein [1835-1881] ニコライ・ルビンシテイン

        Sergei Taneyev [1856-1915] タネーエフ

         Paul Juon [1872-1940] ユオン

         Aleksander Goldenweiser*

         Konstantin Igumnov*

         Leonid Nikolayev*

         Alexander Scriabin*

         Alexander Siloti*

       Xaver Scharwenka [1850-1924] シャルヴェンカ

       Alfred Grünfeld [1852-1924] グリュンフェルト

       Moritz Moszkowski [1854-1925] モシュコフスキ

      Josef Dachs [1825-1896] ダッハス

       Anton Rubinstein [1829-1894] アントン・ルビンシテイン

        Zofia Rabcewicz [1870-1947] ラブセヴィッツ

        Leocadia Kashperova [1872-1940] カシペロヴァ

         Igor Stravinsky [1882-1971] ストラヴィンスキー

        Josef Hofmann [1876-1957] ホフマン

         Abram Chasins [1903-1987] チャジンズ

         Nadia Reisenberg [1904-1983] ライゼンバーグ

        Teresa Carreño*

       Vladimir de Pachmann [1848-1933] パハマン

      Theodor Leschetizky [1830-1915] レシェティツキ

       Anna Essipoff [1851-1914] エシポワ

        Fannie Bloomfield-Zeisler [1863-1927] ツァイスラー

        Jerzy Lalewicz [1875-1951] ラレヴィッツ

         Zygmunt Dygat [1894-1977] ディガット

        Leonid Kreutzer [1884-1953] クロイツァー

        Józef Turczyński [1884-1953] トゥルチンスキー

        Alexander Borovsky [1889-1968] ボロウスキ

        Nadezhda Golubovskaya [1891-1975] ゴルボフスカヤ

        Leff Pouishnoff [1891-1959] プイシュノフ

        Sergei Prokofiev [1891-1953] プロコフィエフ

        Sophie Svirsky [1891-1977] スヴィルスキー

        Leo Ornstein [1892-2002] オルンスタイン

       Vasily Safonov [1852-1918] サフォノフ

        Alexander Scriabin [1872-1915] スクリャービン

        Josef Lhévinne [1874-1944] レヴィーン

        Leonid Nikolayev [1878-1942] ニコラーエフ

         Samary Savshinsky [1891-1968] サフシンスキー

         Maria Yudina [1899-1970] ユーディナ

         Vladimir Sofronitzky [1902-1961] ソフロニツキー

         Vera Razumovskaya [1904-1967] ラズモフスカヤ

         Nathan Perelman [1906-2002] ペレルマン

         Dmitri Shostakovich [1906-1975] ショスタコヴィチ

         Maria Grinberg [1908-1978] グリンベルク

        Julius Isserlis [1888-1968] イッサーリス

       Ignacy Jan Paderewski [1860-1941] パデレフスキー

        Henryk Opieński [1870-1942] オピエンスキー

         Stanislas Niedzielski [1905-1975] ニジェルスキー

        Harold Bauer [1873-1951] バウアー

        Ernest Schelling [1876-1939] シェリング

        Zbigniew Drzewiecki [1890-1971] ジェヴィエツキ

         Felicja Blumental [1908-1991] ブリュメンタール

         Halina Czerny-Stefańska*

        Stanisław Szpinalski [1901-1957] シュピナルスキー

        Henryk Sztompka [1901-1964] シュトーンプカ

        Maryla Jonas [1911-1959] ヨナス

        Witold Małcużyński [1914-1977] マルクジンスキー

       Józef Śliwiński [1865-1930] スリヴィンスキー

       Auguste de Radwan [1867-1957] ラドワン

       Ossip Gabrilowitsch [1878-1936] ガブリロヴィッチ

       Mark Hambourg [1878-1960] ハンブルク

       Frank La Forge [1879-1953] ラフォルジュ

       Severin Eisenberger [1879-1945] アイゼンベルガー

       Gottfried Galston [1879-1950] ギャールストン

       Richard Buhlig [1880-1952] ビューリグ

       Ignaz Friedman [1882-1948] フリードマン

       Elly Ney [1882-1968] ナイ

       Artur Schnabel [1882-1951] シュナーベル

        Willy Bardas [1887-1924] バルダス

        Victor Schiøler [1899-1967] ショアラー

        Lili Kraus [1903-1986] リリー・クラウス

        Artur Balsam [1906-1994] バルサム

       Ethel Leginska [1886-1970] レギンスカ

       Paul Wittgenstein [1887-1961] ウィトゲンシュタイン

       Franciszek Łukasiewicz [1890-1950] ウカシェヴィチ

       Benno Moiseiwitsch [1890-1963] モイセイヴィチ

       Mieczysław Horszowski [1892-1993] ホルショフスキ

       Paul Schramm [1892-1953] シュラム

       Ignace Tiegerman [1893-1968] ティーゲルマン

       Alexander Brailowsky [1896-1976] ブライオフスキー

       Aline van Barentzen [1897-1981] バレンツェン

       Marie Novello [1898-1928] ノヴェロ

新着情報一覧へ