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応援してくださっています皆様へ

高杉奈緒子を応援本当にありがとうございます。
ファンドも残り2日間となりました。

今日は、何の話にしようかなと毎日考えています
と残り2日間でこの記事は終わりますが

今回は、自分の耳について話をしてみようかな

私は、耳が聞こえません。
生まれつきかもしれないし、2歳の頃
高熱で聞こえなくなったのかも知れない。
どっちかは、母親にもわかっていなかったそうです。
兄弟で、長男が聞こえなくなり
次男が聞こえていて
まさか、3人目までとは思わなかったそうです。

聴力は、一般の方々は
30デシベルとかだと聞きました。
私は、100デシベル以上と聞こえません。
オートバイや車でエンジンを掛けたとき
本当にまったくエンジンの音が聞こえません。
なので車のエンジンを掛けたとき、タコメーターが無いものですから
エンジンがかかってるのかが分からなくて
2度か3度セルを掛けたりもします。
または、マフラーから出る排気ガスを確認したりします。

私は、オートバイレースでは補聴器を外して挑んでいます。
ヘルメットをかぶると、補聴器がずれてピーっと音が鳴ってしまいます。
(補聴器がちゃんと耳に入っていない為)
しかも、動く為 補聴器をしていると耳が痛くなったりします。
動くので、ピーピー鳴りっぱなしです(^-^;)
今まで、補聴器無しでレースをしてきたが為に
補聴器無しに慣れています。

なので、まったく音が無い世界にただ一人で戦っています。
後ろからのエンジンの音も、周りでの音も全く聞こえません
すべては、目と感性や空気や流れを感じながらレースをしています。

エンジンブレーキの音も
シフトダウンの音も
シグナルスタートでのアクセルを高回転にする音も全く聞こえません。

振動も限られています。
振動も感じることは難しいです。

ミニバイクでは、まだなんとか操作は出来るけれど
高度なモータースポーツとなると、最終的に音は必要となります。

『 耳が聞こえながら レースが出来るって どんな世界なんだろう? 』

楽しいのかなぁ?音の違いが感じられるのかなぁ?
そう思って人を見ています。

おととしまで、音が聞こえなくても関係ないと
耳が聞こえても聞こえなくても変わらないと思い受け入れませんでしたが

意味を理解して、やっと耳が聞こえないことは、
大きなハンデとなるんだと感じるようになりました。
耳が聞こえないことは、このモータースポーツに関して大変なことなんだなと
受け入れたときには、走り方を変えて情報をたくさん入れて引き出しを作っていきました。
自分の障害や状況を受け入れてからこそ意味を理解できるということは
このことかも知れません。
耳が聞こえない自分を受け入れるようになってから、考え方も世界も変わりました。
それを気づかせてくれたのが今のチーム責任者であり
元世界を走っていたWGPライダーの宇井陽一さんには感謝してもしきれません。

そして、コミニュケーションや会話や情報も必要となってきます。
私は、人との会話もまったく聞こえません。
会議や集団での話の中にも入って理解することも出来ません。

私は、1対1で口を見ながら会話をすることしか出来ません。
大きくゆっくりとお話してくれたら、理解できるという感じです。
基本的には、口をみてお話をする口話となります。
補聴器をしているときは、ある緯度話してることは分かるけれど
何を話しているのかは、理解できず口を見て理解するということになります。

なので、情報を入れることは本当に大変なことでもあり
人によって話しにくかったり聞きにくいこともあります。
宇井さんは、耳が聞こえない自分に対して
頭に記憶に残せるまで、宇井さんが忙しいにも関わらず
同じ事を何度も何度も嫌がらずに繰り返して
説明して教えてくれます。
紙に書いて説明してくれたりと
聞こえない私を理解して教えてくれています。
出来るまで繰り返して教えるという感じでしょうか
本当にありがたいし、ここまで教えてくれる人が今まで居なかったです。
耳が聞こえない自分に対しての教え方を考えてくれています。

耳が聞こえない私ですから、常に人の目を気にしたり
何かを言われたりしてるんじゃないかと気にしたりすることもあります。
背後に立たれても、何をしてるんだろうと気にしたりすることもあります。

小学校、中学校、高校時代は普通の学校に通っていましたから
本当に耳が聞こえない自分にコンプレックスを強く抱いていました。
この時代は、障害者ということに理解がなかった時代だったので
クラブ活動も、団体行動(バレーやバスケ)と無理じゃないかといわれたりしていました。
いろんな壁がたくさんありました。

家に帰っても、兄貴らはバイトで不在で
母親は、離婚したので長男や私を養うために、朝から終電まで働いていました。
誰もいない家に毎日帰るというのも寂しいものがありました。
高校に入ってからは、私もアルバイトをするようになり不在がちでしたが(^-^;)
学校にも行きたくも無く、家にも帰りたくも無くそんな毎日でした。

会話がまったくなく、お話することもなくふさぎこみがちで、そんな私でしたが

オートバイに出会い
オートバイを通じて、たくさんの出会いや人とのふれあい
たくさんの優しさや楽しむということを教えてくれました。
色んな場所にいって素晴らしい景色をみてたくさんの感動をくれました。
オートバイは本当に楽しい
レースは一生懸命に打ち込むことが出来る

自分の居場所がサーキットであるように自分の本当の生きがいになっていました。
ひとつ ひとつ目標をクリアして、海外も含み
たくさんの出会いと思い出をくれました。
私は、オートバイに生かされているんだなと思っています。

これからも、私はオートバイに乗り続けたい
目標を達成させられるようにレースをし続けたい。

耳が聞こえない私を知ってくれて、応援してくれたり助けてくれている人達に
本当にありがとうと感謝しています

話が長くなりましたが、見ていただき本当にありがとうございました。

残り2日間、しっかり記事を書いていきます。
この記事を書いたらしばらくは自分のことは書かないかな
あまり自分のことは書くようなことはないかなと(^-^;)

高杉奈緒子
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