山谷という街はかつてあった暴力的でスラム的なイメージが根強く残っている。確かにそれらはあった。時代の変移と供にその中身も変わっても、こびりついたイメージはなかなか取れないのもまた事実である。

帳場に座ってお客さんと話していると、世代によって抱く山谷に対するイメージの差がとてもよく分かる。団塊の世代あたりだと、山谷の典型的なイメージを持っている方もいて、夜歩くのは大丈夫か?などと聞かれるし、逆に山谷という名前すら知らない若い就活の女の子なんかは、何食わぬ顔で夜つっかけで出かけて行く。

極端な言い方をすればもの静かになった山谷は山谷らしくないというのだろう。
山谷というものが生きているのなら、それは心の中だけなのかもしれない。


今の時期は就活生が多い。
時々彼らに街を案内したりしている。何を思うかは自由だが、現状をその目で見てほしいと思って少しでも興味のある人にはそうしている。

 

 


2002年のワールドカップ以降海外のバックパッカーが増え、山谷に外人が泊まりにくるようになった。山谷のおじさんが言葉も通じない道に迷った海外の方を連れて来てくれたりしてなんとも微笑ましい。

国別にして120を越える。その様子はよく報道されている事なのだが、僕には一過性のもののように思える。山谷の宿で外人を受け入れているのは今おおよそ30弱、その他多くは今でも女人禁制だったりと。また、山谷がある南千住よりも交通の便がいい上野、日暮里、浅草等に海外旅行者向けの安宿が建てられ、徐々に流れていっているように思える。

旅館組合で出されていた山谷カオサン化計画はどうにもうまく行きいそうに無い。

各媒体の報道は一二年ずれているように感じる。
 

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