6分間のプレゼンとその後の質疑にもとづいて視聴者が「どのプロジェクトを応援したいか」投票し、その結果で制作費が振り分けられるという番組企画。以下は、質疑のやり取りをまとめたものとなります。

 

* プロジェクトページ下の掲載情報にも動画がアップされていますので、そちらもよろしければご覧ください。

 

 

 

 

佐々木誠(以下、佐々木):映画『ナイトクルージング』監督の佐々木です。よろしくお願いします。

 

加藤秀幸(以下、加藤):『ナイトクルージング』に出演しております、加藤です。この映画の中のSF映画の監督を務めさせて頂きます。

 

佐々木:加藤は生まれつき全盲なのですが、初めて映画を制作しています。そしてその制作の様子を僕がドキュメンタリーとして撮影しており、そのドキュメンタリーの中に加藤作の映画も組み込んで構成されるのが映画『ナイトクルージング』です。

 

金子遊(以下、金子):現在制作中ということで、興味深いですね。佐々木誠監督は独立ドキュメンタリー映画系の中では有名な方です。前作は『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』という障害者の方の性の問題を奥深くまで描いており、ドキュメンタリーマガジン「neoneo」の最新号である9号にも佐々木誠論が掲載されています。そういう方の新作なので、期待のできる感じはあります。

 

土屋敏男(以下、土屋):これは加藤さんが映画をつくるところを佐々木さんが記録するの?

 

佐々木:そうです。

 

土屋:映画の中に映画があるということ?映画は劇映画?

 

加藤:実写パートとCGのパートがあります。それをシーンごとにつないでいく形になっており、今のところは実写パート二つ分が撮れたところです。(SF映画の部分は)先程ブルーバックで撮影しているシーンがあったと思うのですが、バックにCGを被せていただくという感じです。こちらはまだ撮り始めたばかりです。

 

土屋:脚本は完成しているんですか?

 

加藤:脚本は自分で書いて、完成しています。

 

土屋:そもそもなぜ映画を撮ろうと思ったのでしょうか?

 

加藤:自分は映画が好きで、いろんな映画館で観ていました。ただ、「(目が見えないから)映画は聴くんでしょ」と言われることが嫌でした。テレビも同じ。映画は観るものだし、「映像が(見え)なければ理解できないだろう」と言われることも嫌です。説明してもらえれば理解できるところもあるし。

 

子どもの頃、映画館に行ったときに、母親に説明してほしいと頼んだら、一所懸命に説明してくれました。ただ、映画は静かに観なきゃいけないものであるので、隣のおじさんに「うるさい」と怒られました。そんな悲しいことってないなと感じました。

 

今は音声解説というもの(視覚情報を音声により補助するガイド)があり、あれを聴くことによって状況を理解して、役者さんが動く音だったりSFを通して僕らは映像を理解していくわけです。だったら自分で映画をつくってみて、「見えないということはこういうふうに映像を理解しているのか」ということを表現できたらと思いました。自分がつくる映画で、自分の頭の中ではこうやって想像してるんですよと表現できれば、映像ありきでつくられている映画とわたしがつくる映画の間に壁があったとしても、少しでもそれを低くできればいいなと。若干喧嘩腰であるかもしれないけれど、理解いただけないかもしれないけれど、やってみようと思ったのです。

 

金子:聾者の方の映画にはヒット作が多いですよね。『LISTEN』もそう。完全に無音にしている映画です。森達也さんの『FAKE』も佐村河内さんの話。

しかし、歴史的に見て、全盲の方の映画を撮るというのは、これが初めてになるのでしょうか?相当画期的な出来事ですよね。

 

大林宣彦(以下、大林):ないと思いますよ、初めて聞いたから。これは相当にすごいことだと思って、楽しみにしています。

 

金子:子どもの頃に少し視覚があって、イメージが頭の中にあるというわけではないんですよね?

 

加藤:自分は先天的な全盲なので色がまったくわかりません。(さまざまな色の紙が貼られた黒いボードを触りながら)これは日本女子大学の先生が視覚障害者に色を伝えるためにつくられていた「いろポチ」と言われるものなのですが、これを使って色を伝えています。自分は「赤が似合う」とよく言われるから赤が好きかもしれない、でも真っ赤では嫌なので少しオレンジ寄りかなとか。これは今回大きいものをつくっていただいたのですが、もともとは色の名前の隣に点字がついています。

 

大林:あなたは今、「赤」とおっしゃったけど、極端に違う緑を含めて、あなたの感覚と感受性の中にその色はどうあるんですか?

 

加藤:そもそも色って何かな、とは思っています。視覚障害をテーマにした映画もいくつかあって、『MASK』という80年代のエリック・ストルツ主演の映画があるのですが、その映画の中で全盲の女の子に色を伝えるシーンがあります。赤は熱くて、青は冷たくて、というように。そういうイメージはそれぞれ持っていると思う。例えば自分は、赤は四角、黄色は三角、という感じで頭の中に持っていたりはします。

 

金子:「neoneo」の9号をつくった時も思ったのですが、障害者は健常者よりも能力が欠如しているのではなく、この世界を健常者とは異なった、ユニークな感性で生きている、さまざまなパースペクティブでこの世界を生きているということがわかってきた。この映画は、おそらくユニークな作品になっていくと思います。また面白いのは、佐々木さんがその加藤さんが映画を制作するところを撮るという「映画内映画」になっているところです。

 

佐々木:わたしが撮っているドキュメンタリーも、加藤の映画のいわゆるメイキング映像というのではなく、その二重構造が面白いカタチで表現される作品にしようと思っています。

 

大林:それは貴重な映画になると思いますよ。例えば、最初に車に乗ってますね。あの時のあなた(加藤)の運転した感想が知りたいです。

 

加藤:車の運転って僕らにとっては夢なんです。旅行会社が企画して、全盲者が100人ほど車を運転するというツアーがあるのですが、これに初めて参加したときでも、まさか自分が運転するなんて思っていませんでした。それで、ハンドルを持ち、エンジンを掛け、あのアクセルを踏んだ時に伝わって来る振動は、助手席に乗っているだけでは感じられないものでした。その時には映画をつくらないかというお話を頂いていたので、この感覚は映画に生かさない手はないなと思ったので、せっかくなので脚本の中に入れてみようと思いました。

 

大林:体験したことは出して欲しいし、そういう意味では、きっちり2本つくられた方がいいと思います。あなた(加藤)のおつくりになる映画は、目が見えない人が映画をつくることの単なるモデルにならないで、僕はあなた自身が世界をどう認識しているのかが一番知りたいことだし、そのことがきっちり出るような作品にして欲しいなと思います。

そして、僕が新しい人が映画をつくるときにいつも言うんですが、「他人のように成功するより、自分らしく失敗しなさい」ということ。それが新しい自分の個性の表現なのです。他人のように成功してみたところで、「よく似ていていいけど、あの人には届かないわね」で終わってしまう。表現の世界に偽物はいらない訳で。いつも本物ですから。

今あなたがSFをつくるというときに、いわゆる健常者と言われる人とはきっと違う世界観のSFがなきゃいけない。SFとはこんなものだったか、SFというものの概念すら変えるような衝撃を持った世界をあなたが生み出してくれることを期待しています。

それは僕にはないあなたの能力。見えないから自分ができることを一生懸命生かして、僕たち以上に優れた才能をもって、聞いて、想像して、感じて、そこにあなたが願う素晴らしい世界があるんだろう。その世界を僕たちに見せて欲しいなというように思います。

 

加藤:映像化するということに壁はいくつもあるだろうなとは最初から思っていました。ただ、そこに映像をCGの方につくっていただくように、共通言語があれば、自分が思っていることを伝えたり、映像をつくっている方も提案したりしやすいのかなと思い始めました。例えばそれが先程、映像で流れたレゴであったり、粘土であったり、半立体化した絵コンテです。

 

金子:「ナイトクルージング」というタイトルにはどういう意味があるのでしょうか?

 

佐々木:一緒に映画をつくっていくというのは、比喩的な意味もありますが、見えないところを一緒に探りながらクルージングしていくようなものなのかなと思っています。映画は一人ではつくれないものなので、そういった意味合いも込めて、このタイトルにしました。

 

大林:「見える」ということが前提で皆生きています。そういう人の数が多いから、制度になって、当たり前になっている。そして、目が見えないということは異常である、障害者であると。これは制度が生むからであって、本当はみんな自由。壁があるってあなたはおっしゃるけれど、壁は夫と妻の間にも、親と子の間にもあるのです。あるのが当たり前なんです。その壁の向こう側の人をどう理解していくのか、その力が映画にはあるのです。だからあなたは素直に、自分自身として表現されるのが一番いい。

例えば、ヒロインを描こうとすると、僕たち見える人間のヒロインは、目で見てかわいいということが事前にある。あなたにとって美人ってどういうものなのだろう?例えば触ってご覧になったときに、あなたが美人だと思うものが、僕が思う美人と同じなのだろうか?それがとても知りたいし、それがエンターテインメントなんだと思う。

 

加藤:そもそもまず、「美人ってなんですか?」というところから始まります。顔が美しいのが美人という理解を自分はしてきませんでした。それで、骨の形を触らせていただいたりとかしました。直接「あなた美人ですか?」って聞いて、「そうです」と答える方もあまりいないし、誰かが「あの人美人ですよ」と言ったところで、顔を触らせてもらえるわけではないですし。なので、アンドロイドの顔を触っているのです。

 

大林:そこなんだよ。「美しい」ということは見えない人にはない(概念)かもしれない。でも、美しいという言葉の根源を紐解けば、僕にとって優しい人、居心地のいい人、安心できる人、になるわけでしょ。見た目が美しい人よりその方がよっぽど美しいじゃない。ということは、僕たち以上にあなたはこの世界の美しさを感じる力がある。それを表現して欲しいの。

そうしたらあなたは優しい、限りなく優しい人、一緒にいるだけで限りなく居心地のいい人をここに描けばいいわけであって。僕たちが、「おぉ、この子、美人でかっこいいじゃない」ってものをあなたがつくる必要もない。

 

そこをいわゆる健常者と言われる人たちに負けないで、あなた自身が持ってる幸せな世界を描いてもらうことが、実は目が見える人やいろんな人を含めて、世界の人たちが戦争もしないで仲良く一緒に生きていこうという力になるのです。あなたの立場から映画をつくっていただければ、本当に目が見えないっていうことは素晴らしい、見た目の情報や美醜に惑わされないで、この人の優しさが本当にわかるんだなぁと、あなたの映画を見た人が感じてくれることが、あなたの映画の本当の素晴らしい価値だと思います。

 

僕も聴覚障害の方のための映画をつくったことがあります。いろいろ勉強しました。その時に悩んだのが音楽のこと。いくらがんばって音楽を付けても、聞こえないのでは仕方がない。ではいっそのことサイレント映画でもいいのかと真面目に考えました。

 

でもやはりこれはご当人に聞いてみた方がいいと思いまして聞いてみたところ、「たとえ映画に音楽が付いていなかったとしても、素晴らしいドラマや美しい風景が映れば、僕たちにも自然に音楽が聴こえてくる。だから、全編音楽が付いていなくても、全編音楽が聴こえてくるような映画をつくってください」と言われたんです。僕はこれには感服しました。

 

そして、実際にトライアスロンをやる方でしたので、宮古島に二人で行って、二人で海を見ていました。というより、海を見ていたのは僕だけで、彼は海を聴いていました。

 

その時に彼が「大林さん、海の波の音ってオーケストラのようですか?」って聞くのね。「君はオーケストラを知っているの?」と聞いたら、「僕は聴こえませんけれども、世の中の人が楽しんでいることは自分でも体験したいと思ったから、オーケストラを見に行きました。向こうからも波が押し寄せてくる、こちらからも波が押し寄せてくる、それがぶつかってポーンっと飛び散っていったりする、あの音はどんなふうに聴こえるんだろうと思いながら波を見ていたら、きっと波の音だと思いました。」と。

 

また彼は、「向こうの崖に生えてる小さな一本の草、あの草が風にそよそよ揺れていますけれど、あれはどういう音なのですか?」と僕に聞いてきた。「ごめんそれは、僕には見えるけど、遠すぎて聴こえないんだよ」と言ったら、「え、大林さん、聴こえないんですか?!」と彼は驚いていました。耳が聴こえない人に聴こえないのですかと言われるのは不思議な感覚でした。

 

「じゃあ、君は聴こえるの?」と聞いたら、「僕はあれは、オーケストラの中にいるヴァイオリンのソロが今奏でられていると思った」と。全て想像力だけれども、彼にはどんな小さな草のそよぎも聴こえる。僕には聴こえる音しか聴こえない。僕には限界があるが、彼には限界がない。そういうことで非常に人間的な嬉しい世界を過ごしたのです。

 

彼らは、「耳が聞こえないことは皆、障害とおっしゃるけど、わたしたちにとっては個性であり能力です」と言っていました。「わたしは誰よりも妻の顔を見ています。声が聞こえないから、妻の表情を見ています。そうすると、妻が "嬉しいわ" と言っても、どこか悲しそうなことまでわかります。そして、悲しそうな顔をするから "どうしたの?" と、より会話をするから、妻の心も私にはよくわかるのです。大林さんたちは、奥さんが "大丈夫よ" と言えば、それで安心してもう聞かないでしょう。僕たちの方が、夫婦愛も耳が聴こえないおかげでより強いのです」と。

 

なんて豊かなのだろうと思いました。我々から言うと足りないと思われているものを、この人たちは足りてると思うもの以上に満たす才能があるんだと思いました。

 

という体験があるので、せっかく目の見えないあなたが、本当にそうですよ、僕には見えてしまうおかげで、人の美醜も、うちの奥さんの皺も見えてしまう。それがなかったらきっと永遠に少女のままですよ。

 

そういう世界を生きているあなたが、どういう映画をつくってくれるのか。あなたが持っていらっしゃるものをより生かして、その魅力を出して欲しい。

 

あなたは、何の不自由もなく、と敢えて言いますが、一人の人として生きてらっしゃって、映画をつくろうという好奇心まで持っていらっしゃるのだから、あなたの個性に素直に、目が見える人のように上手くつくるよりは、目が見えないから当然失敗もするだろうけれど、その失敗はあなただからできるチャーミングな失敗なんだから、それがあなたの表現だということに誇りを持って欲しい。

 

そういう意味で僕はあなたの作品をとっても楽しみにしていて、期待しています。そして、この映画を観る人は貴重な体験ができるはずです。この映画は、安心して見える、安心して馬鹿になっている僕たちをきっと戒めてくれる、素晴らしい作品になるだろうから、NothingなしでAll or Allでぜひ実現させたい映画です。それが、目が見えるという結果を持っている僕たちの責務です。僕はそう思います。

 

 

 

番組終了間際、加藤が生まれて初めて観た映画『少年ケニア』の監督が大林監督だったことが御本人から明かされ、驚く加藤。「すみません、何も知らないで」と謝る加藤に、大林監督は「いいんだよ、わたしだってあなたのこと知らなかったんだから。今日会えたのは運命だね。上の人はちゃんと会わせてくれるんだよ。こうやってみんな繋がっていくんです」と声をかけてくださいました。

大林監督はじめ出演者の方々、応援いただいた皆様、本当にありがとうございました!

 
ケニアの監督が誰だったかわかりハッとする加藤
「少年ケニア」の監督が誰だったかわかりハッとする加藤

 

 

 

 

 

 

 

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