クラウドファンドでの支援募集が始まって19日が経過し、残り31日となりました。現在、目標金額の約12%の151000円が集まっています。多くの方のご支援・ご協力のおかげです。ありがとうございます!
 

しかし、プロジェクト成功までは、まだあと107万円足りない状況です。全体予算を考えると、本当は236万円集める必要があるので、残り221万円足りません。引き続き、ご支援をお願い致します!
 

少し話は変わりますが、資金集め以外にも困っていることがあります。これまでいろんな方々の協力をお願いしたり、支援をお願いしたりする中で、よく同じ質問をされるのですが、その度にいつも、どう答えればよいのかわからなくなってしまうことがあるのです。
 

どうしてあなたは芸術なんてやってるの?どうして舞台に立つの?どうしてあなたが文化支援なんてことをしなきゃなの?それをやって誰がどう喜ぶの?
 

そういう質問をされても、明快な答えを端的に言えない自分がいるのです。自分が舞台に立つことで喜ぶ人がいるかってことは、あまり考えたことがないし、むしろ、私が芸術をやることで喜ばない人や迷惑をかけてしまっている人の方が身近には多いなぁ、とか。寝食を忘れてやってきたことがたまたまアートなだけであって、夢中になれるものが他になかったんだよなぁ。とか。そんなことが頭の中をぐるぐるとまわり始めます。
 

実は、10年くらい前から、演劇活動以外にも、企業の人材開発教育研修の仕事も請け負っているのですが、特定の誰かを特定の時間と空間に集め、今まで気づかなかったことに気づいてもらう、という点では、演劇創作活動に通じるものがあり、それはそれで興味深く楽しい仕事です。でも、その仕事をお金を貰わなくてもやるかといわれれば、絶対にやらないわけで…。
 

じゃあ演劇や芸術は何が違うのかと?何故アート活動ではお金を受け取る受け取らないに関わらず寝食を忘れたのかと?
 

ところが、はっきりした理由などさっぱりわからなくて、ただ苦労よりもやりがいを感じたからであって。やりがいは何かと聞かれても、知らないこを知ることができる、新しい発見がある、新しい世界が見える、嬉しい苦しい楽しい悲しい腹がたつなどの感情をたくさん体験できる、とかそんなもんで、それが何故大事に感じているかなんて、当たり前じゃね?としか言えないわけで。
 

大きな声では言えないことかもしれませんが、そもそも私が芸術をやる理由に、使命感のような大それたものはなく、私にとっては、人生をちょっぴり面白可笑しく充実させるための、その時たまたま一番身近にあった、単なる手段の一つでしかなかったのではないかと感じています。
 

もちろん今では、その手段の優位性と可能性の大きさを信じていますが、信じるようになったのも、或る日突然何かに打たれたからではなく、いつのまにか毒されてと言った方が近いかもしれません。ただ、人として生きるということが、食べて寝て起きてエッチするだけだとつまらないと思っているのは間違いありません。
 

続きは、私にとってのアートとは? 2/3へ

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