お早うございます。松竹大谷図書館の武藤です。

 

久しぶりに、今回のプロジェクトで補修・デジタル化を行う【音貞アルバム】についてのご報告です。が、その前にちょっと音二郎・貞奴夫婦に登場してもらいましょう。

 

明治34[1901]年1月、音二郎・貞奴夫婦は、【音貞アルバム】が作られるきっかけとなった欧米公演より帰国すると、同年4月には再び約1年4ヶ月間の欧州巡演に旅立ちます。そして明治40[1907]年から41[1908]年にかけてはフランスを訪問し、音二郎は日本の演劇、劇場、興行のシステムを西欧風に近代化したいという志を、ますます強くします。

 

下の写真はフランスからの帰国後、茅ヶ崎の川上邸に一時期身を寄せていた二代目市川左團次と音二郎・貞奴夫婦が、箱根宮ノ下で遊んだ折の記念写真です。二代目左團次は、音二郎の考えに賛同し、音二郎の革新演劇興行に参加、全国を巡演した歌舞伎俳優の一人でした。

 

右から:川上夫妻と二代目市川左團次(川上新一郎氏所蔵)

 

この写真はホテルか旅館で撮影されたようですが、三人とも気力に満ちた表情をしています。


音二郎と貞奴は、この後も女優養成所の開設、そして、音二郎にとって二つ目の劇場・大阪帝国座の建設・開場と、近代演劇の先駆者として、パワフルに時代を駆け抜けていきます。

 

 

さて、当館の【音貞アルバム】も、世界へ翔んだ川上音二郎・貞奴の軌跡を未来へ伝えるため、いよいよ補修プロジェクトを開始します!という事で、先週10月26日(金)、【音貞アルバム】を今回補修をお願いする、有限会社紙資料修復工房さんにお預けしました。

 

今回の補修では費用を最小限に抑えるため、表装具(アルバムの布表紙部分)と台紙部分は別々に処置をして頂きます。また、将来アルバムの形に復元する際には今回の処置が支障をきたすことが無いよう、表装具は極力元の状態を損なわないような処置を、また台紙は永く保存が叶うように化学的処置を行って頂きます。

 

主な作業の流れは、解体、クリーニング、スポットテスト、脱酸性化処置、補修の順で行われ、全体でおよそ6ヶ月かかります。紙資料修復工房さんには、処置の過程でレポートをいただく予定ですので、折々新着情報で進捗をご報告してまいります。

 

【音貞アルバム】は経年劣化が激しく、アルバムそのものが崩壊する恐れがありました。資金が無いために、これまでこの貴重な資料に手を施す事が出来ず、劣化が進行してしまう様な状態で保管せざるを得ない事に、たいへん心を痛めておりましたが、今回プロジェクトが成立し、ご支援により念願の補修が出来る運びとなりまして、資料を所蔵する館のスタッフとしてようやく安堵しております。

 

今後どのように処置が行われていくのか、そしてどのように貼り込み資料がきれいになっていくのか、今からとても楽しみです!

 

 


【音貞アルバム】の表紙が見えています。 紙資料修復工房のスタッフの方に梱包して頂きます。

 


この紫の風呂敷は、もともと【音貞アルバム】を包んでいるものです。

 

さらに薄様で梱包して、箱に入れていきます。

 


箱をエアーキャップで包み、最後は風呂敷でしっかりと包み込みます。

 


完了!風呂敷はどんな形状、大きさのものも、しっかり包み込む万能の梱包材ですね。

 

いってらっしゃい!きれいになって帰ってきてね。

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