プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

秋田県羽後町に、顕彰碑の建立を。

 

みなさん、こんにちは。佐藤信淵(さとうのぶひろ)顕彰報効義会理事長の柴田長之助(シバタチョウノスケ)と申します。この会は、秋田県雄勝郡羽後町という少子高齢化進む過疎地で、先進的な信淵の先見性・独創性・愛郷性を学び、地域活性化を図るために、著書や関係文献の保存活用を行ってきました。

 

信淵は学問の神様でもあります。毎年、信淵神社に神官をおよびして、高校受験の合格祈願なども行ってきました。しかし、羽後町民にでさえ、信淵のことを知らない方が多くいらっしゃるのが現状です。

 

そこで今回のクラウドファンディングでは、町民や羽後町にゆかりのある方に、佐藤信淵を広く知ってもらうために、羽後町中央公民館に顕彰碑を建立させていただきます。

 

費用の一部として、30万円が不足しております。郷土の誇りである人物の、顕彰碑の建立にどうか皆さんご協力いただけないでしょうか。

 

羽後の未来のためによろしくお願いします。

 

 

佐藤信淵について

 

江戸時代後半、200年以上続いていた幕府の支配体制が弱体化し、経済危機や凶作による食糧不足などの問題が起こっていました。この時代の危機を強く感じとり、新しい世のあり方を解いたのが佐藤信淵でした。

 

1769年、信淵は現在の羽後町に生まれました。16歳のときに江戸に行き、様々な師の元で蘭学、儒学、天文、地理などを学びました。18歳のときには、現在の岡山県にあたる藩から経済政策の意見を求められ、信淵の提案により財政が立ち直ったこともあります。

 

佐藤信淵肖像画

 

また膨大な量の書を著しており、その数は500巻以上に及ぶと言われています。ある著の中で、東京湾を埋め立てて新江戸を作り、経済を活性化させる壮大な壮大な構想を記しています。その際に、湾岸地域を「東京」と表現しており、「東京」という言葉を初めて使ったのは信淵だと言われています。

 

また、社会保障や社会福祉制度、義務教育制度の提案もしており、実現こそしなかったものの、現在の日本で実現している先進的なものでした。

 

信淵の書物は県の文化財にも指定されています。

 

 

佐藤信淵の功績をより多くの町民に。

 

顕彰碑建設には、信淵の功績を知ってもらいたいという思いがあります。様々な功績を残してきたにも関わらず、羽後町内での認知度はそれほど高くありません。毎年、信淵にまつわるイベントを実施しておりますが、それだけでは認知を広げるのに限界があります。そして、このままではいつか忘れ去られてしまうのではないかと危機感を持っております。

 

そして、来年2019年は佐藤信淵生誕250年であり平成が終わる区切りの年でもあります。信淵の功績を未来へと繋げていくために、顕彰碑の設立が必要だと考えました。町内の行事や子どもたちが遊び場として集まる、羽後の公民館に設置をさせていただくことにより、多くの町民の目にとまり、気づきになればと思います。また、公民館の隣には、信淵の書物や資料が展示されている羽後町歴史民俗資料館もございます。

 

場所:羽後町中央公民館(秋田県雄勝郡羽後町西馬音内字本町23)

完成:年内を予定しております。

 

佐藤信淵誕生の地です。

 

 

羽後町のため。子どもたちのため。

 

少子化が著しい羽後町の若い世代、子どもたちに明日の日本思い、庶民救済を目指したその生涯を知ってもらうとともに、町内外、広くPRをして交流人口を増やし地域活性化に貢献したいと願っています。我々が今できることを全力で取り組めればと思います。みなさまどうぞ温かいご支援をよろしくお願いします。

 

私たちが、子どもたちに想いを繋いでいきます!