皆様こんにちは!プロジェクト実行者の山田です。

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

プロジェクトページでは、アフリカに関連するエピソードだけを記させていただきましたが、こちらでは簡単に、私の幼少期~高校時代、社会人時代の出来事を紹介させていただきます。どんな人間がこのプロジェクトをやっているのか、ご参考にしていただけましたら幸いです。

 

 

 

出生から高校まで

 

1987年(昭和62年)7月、東京都の西側、稲城市(遊園地のよみうりランドの近く)で長男として生まれる。持病のアトピーやアレルギーに加え、極度の偏食により病気がちだった。

 

5歳の時、千葉県の勝田台駅周辺(成田と船橋の間。東京メトロ東西線の終着駅)へ引っ越す。5歳で妹、7歳で弟が生まれる。

 

小学校では先生に恵まれ、ミニバス、応援団、劇の主役など、様々な事にチャレンジさせていただいた。超のつく真面目な子どもで、ずっと学級委員長をやっていた。また習い事でサッカーや、友達に誘ってもらって始めた少年野球にも没頭した。

 

中学校からは、その真面目すぎる性格を同級生に疎まれ、いじめの対象に。頭に消しゴムのカスやシャーペンの芯をふりかけられたり、上履きや教科書がゴミ箱に捨てられた事もあった。

 

高校は地元(自転車で家から5分)の千葉県立八千代高等学校へ。野球部に入部するもいじめられ、毎日家に帰っては泣くような生活を送っていた。
辛い時期に支えてくれた両親のおかげで、どうにか不登校にもならず高校を卒業する事ができた。

 

中学時代。

 

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約10年前、私は高校を卒業しました。

 

中高と辛い学校生活をすごし、日本は私にとって「辛く苦しい場所」でした。
また当時は海外はおろか、滅多に電車にも乗らなかったので別の市にすらあまり行った事がありませんでした。小・中・高校と、一つの駅周辺という狭い世界ですごしていました。

 

そんな中でも私の心の支えになっていたのは野球でした。野球が楽しかったから、中学校も楽しめました。そんな野球に出会えたのも、小学校の時に友達2人が家まで来て、私を野球に誘ってくれたからでした。そんな彼らとはいまでも連絡を取り合っています。

 

 

 


大学時代

 

大学は法政大学経営学部へ入学。

 

旅行好きの友達や先輩方に触発され、「日本をもっと知りたい!」と思い国内を旅行。40都道府県以上を訪れる中で、日本の素晴らしさに気付き、日本をどんどん好きになっていった。

 

その後、英語を学びたいとアメリカのカリフォルニアに留学。そこで今まで当たり前だと思っていた「日本の素晴らしさ」に気付きハッとした。

 

「日本はとても恵まれた国である。」それまで頭では理解していただけの事を、初めて心から納得し感動した。

 

高校時代まで自分が苦しみ「生きにくい」と感じていた日本が、自分にとって素晴らしい国だと感じるようになった。アメリカの後、いわゆる途上国を訪れる中で、その思いはさらに強固になっていった。
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辛かった中学・高校時代。

それまでの私は、自分の幸せに気付いていませんでした。

 

環境を変えた(地元、日本から離れた)事で、実は自分がいかに幸せだったのかという事に気付き、人生が楽しくなりました。その気付きは、自分と違う環境(日本とは違う場所)であればあるほど大きいものでした。

 

この時の体験は、現在の「一人でも多くの日本人にアフリカに来てもらいたい」という思いに繋がっています。また、思い切って飛び込んでみる事の大切さもこの時に学びました。

 

 

 

 

 

就職から現在まで

 

大学卒業後は、某人材系ベンチャー企業に入社。だが精神的に追い詰められて涙を流す日々。2か月で退職した。

 

その後、ニュースサイトを運営する企業へ、新規事業の立ち上げ要員として入社。
上司と二人、文字通りマンツーマンの部署で内勤業務から営業まで幅広い業務を行った。営業としては、1年半まったく鳴かず飛ばずだった。日々改善点を考え、新しい方法を試していたがさっぱり結果が出ず、「自分はなんてダメなんだろう」と思っていた。

 

しかし、その後上司が退職しその新規事業をやめる事になり、会社の主要事業の営業に移ると状況は一変。それまでダメ営業社員だった私を見捨てずに励まし続けてくださった上司や同僚のおかげで、新規開拓営業として社内史上最高・最多の実績を複数記録。社内での営業研修も担当する事になり、当時の社内最年少役職者も務める事になった。

 

その後退職し、アフリカ行きの準備をはじめる。その中で出会った方々のおかげで、どうにかこの1年を生きてくることができた。そして現在にいたる。

 

退職時の送別会。沢山の方に見送っていただき感動しました。

 

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この時、ちょっとダメでも諦めずに努力し続ける粘り強さの大切さを学びました。これは、日本の仕事よりもさらに粘り強さが必要とされるアフリカ・セネガルでの仕事にも役立っています。

 

 

 

 

自分の人生について思う事。”恩返し”について

 

私がいままでの人生で特に感じているのは、「人に恵まれているなあ」という事です。

 

先生、友達、先輩、会社の上司や同僚、両親含む家族、そして今回セネガル行きにいたるまでに出会った沢山のみなさまのおかげで今の私がいます。また、セネガルに到着してからもSさんとの出会いや、在セネガル日本大使館をはじめとする日本人のみなさまに支えられて、ここまでやってくる事ができました。

 

学生時代、ヒッチハイクをした時に乗せてくださった方に御礼を述べた時の、お返事の言葉が印象に残っています。

 

「恩と言うのは他の人に返したっていい。君が大人になったら、今度は君が誰かを乗せてあげるんだよ。私も若い頃、乗せてもらったからさ。」

 

いま私は西アフリカのセネガルに来て、セネガルの観光業従事者10万人という、多くの人に良い影響をもたらす事ができる大きな可能性を見つけました。いまの私には、両親や友達、そして私を育て支えてくれた沢山の方々に直接の恩返しをできるほどの力はまだありませんが、今回のプロジェクトをどうにか成功させて、一人でも多くの人に“恩返し“ができるように全力で行動していきたいと思っています。

 

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

引き続きご応援のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

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