5月8日に行われたCOMIN'KOBE16
4万人の人が集まり無事終了しました。
前回の投稿でクラウドファンディングの先輩として対談して頂いた
COMIN'KOBE実行委員会長の松原裕さん

もうニュースでも大きく取り上げられましたが
彼はステージ4の腎臓がんを患っていました。
実は3月22日、スイミープロジェクトの栗須さんと3者対談をしたその日

帰り際にご本人からその告白を受けました。

対談中は終始笑顔で『死ぬまで友達でいてくださいよ』と言うので
もちろん!と答えていましたが
それがどんなに深い意味を持つ言葉なのか、その時は全く知りませんでした。

いつも私が苦しい時に助けてくれた松原さん
COMIN'KOBE開催を控えて準備に追われる中
そして自分自身の体の限界に直面していたときに
時間を割いてご協力をしてくれていたのでした。

突然の告白に私は頭が真っ白になり、その場に泣き崩れてしまいました。 ​ ​​
ずっと前を進む松原さんの後をゆっくりのスピードですが
自分なりに追いかけてきました。

COMIN'KOBEは阪神淡路大震災のときにお世話になった
全国の皆さまへの恩返しというテーマで開催されています。
東北の震災の時も多くの募金を集め被災地へ送りました。

今回は熊本地震への募金活動や防災ブースの数々
バンドマンによる震災トークショーなど
若い世代に防災を啓発するような取り組みが数多く用意されていました。

私は当日、友人が企画した松原さんに応援メッセージ横断幕を
送ろうという取り組みをサポートしました。

全国から集まった来場者の皆さんが次々と書き込むメッセージ
あっという間に90mの布は『松原がんばれ!』という
熱い言葉で埋め尽くされました。

 

 

 



そしてCOMIN'KOBE最後のアーティスト、ガガガSPのときに松原コール
マツバラ!マツバラ!大声援の中、彼を待っていたのは
皆さんが書いてくれた横断幕と病気の回復を願うファン、そしてバンド仲間たちでした。





阪神淡路大震災から21年
当時中学3年生だった松原さん、大学1回生だった私
そして受験を控え避難所で勉強していたという栗須さん

あのとき周りの大人は日常の生活を取り戻すため
復興へ向け立ち上がっていました。
しかし私たちはあのとき周囲の役に立つようなことが
なにもできていなかったのでした。

そのときの後悔や罪悪感から21年
今はその思いをアクションに変えて形にしようとしています。

神戸から発信する『防災』は日常の中に当然のようにある意識で
堅苦しいものではなく、みんなで助け合い生きていることを
実感するものであってほしいと願っています。

松原さんが命をかけて見せてくれた勇気
そして神戸に対する思いや、またいつか起こる災害に向けて
自分たちができることを全力で取り組む姿

しっかりと胸に刻んで。

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