ニュースで大学院の時に授業をしてくれた先生が事故にてなくなっていることを知りました。まだ40代後半でした。親族家族の方々の気持ちを思うともう言葉になりません。

 

 

どうもそのニュースを聞いて以降、心の整理がつきません。

仕事も中々手につきません。

 

思うに、その事故が「防げたかもしれない」事故だから私は辛いのだと思います。

以前から危ないと思っていたし、対処方法もあるけど障壁がありそれがなされなかったという類の事故なのです。

 

つまり後悔なのです。

 

下手をすると、自分達がもっとやれたのではないか?という後悔につながります。

ふと考えるとそれは「自殺者の遺族の感情に一部近いかもしれない。」と思いました。

もちろん苦しみの大きさは全く桁が違いますし、遺族の方の感情が”わかった”とはとても言えません。

 

ですが、

・何か自分が出来たかもしれない。

・私が悪かったかもしれない。

という苦悩を今まさに私が味わって、ウツ会議を作る時に聞いて回ったインタビューと同じ内容を思い出しました。

 

ウツ会議を作る時には約100人ぐらいの人にインタビューして回ったのですが、その中には親族や息子を自殺で亡くされた方もいらっしゃいました。「一生その十字架を背負う」と決めたような人もいらっしゃいました。

 

その時の私から見ると、そこまで負わなくても良いのではないか?と思っていたのですが、今はその言葉を空虚に感じます。なんとかしたいという思いや忘れたくない、申し訳ないという考え等がすぐこの後悔に繋がってしまうのです。

 

事故死でこんなに苦しいのですから、自殺を止められなかった人の後悔たるや想像を絶するものだと思います。

 

当事者だけでなく、周りの人も十二分に苦しむ。

 

今回の件とウツ会議は分野違いですが、本質的には当事者の周りの人達の苦しみをケアする。減らす。という意味で同じ部分があると思っています。

 

私は私なりの方法で、亡くなる必要のない命や削る必要のない健康を守りたいと思います。

 

もう少しですが、どうかお力をお貸しください。

よろしくお願いします。

 

※ウツ会議 クラウドファウンディング※
※認知を広めるために100人大会を開きたい※
https://readyfor.jp/projects/utukaigi

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