前回の記事では世界のわさびの生産状況について投稿させていただきました。

日本の長野県や静岡県や岩手県の収穫高のデータも掲載したと思います。

 

そして実はわさびは東京でも採れるのです・・。

最初、私もわさびが東京で採れると聞いた時はかなり驚きました!!

 

東京と聞いてまず思い浮かべるのが新宿の副都心や渋谷の高層ビル群だからです。

 

こんな感じ・・。

 

東京の超高層ビル群
個人ブログ『超高層ビル群・超高層マンション』様 より写真引用
超高層マンション・超高層ビル

このビルのイメージから綺麗な清流でのみ育つ『わさび』がイメージできるでしょうか・・?

 

私はその疑問を持ち現地へ取材へ行くことに決めました。

 

我が家から電車を乗り継いで・・。

 

夏の昼下がりの中央線

終着駅へ着いてまた乗り換えて・・。

 

中央線ユーザーには名前はおなじみの『青梅駅』
しかし目的地はもっと先です。

 

中央線から青梅線へ乗り換えて、ついに到着した駅それは・・・。

 

レトロな奥多摩駅
登山客とレジャー客でいっぱいでした

 

東京の秘境と呼ばれる『奥多摩』です!!

 

四方を山に囲まれ、山から湧き出る清流は本当に涼やかで感動するほどでした。

 

この奥多摩というエリアは、東京のわさびの主要生産地でたくさんのわさびを生産しております。

 

このエリアにも幾つかわさびの店舗がありまして、幾つか訪れました。

しかし残念ながら取材は私の伺ったタイミング悪く丁重にお断りされてしまいまして、奥多摩町の町役場にてまずはお話を伺うことができました。

 

入り口でまず出迎えてくれたのが『わさぴー』です。

 

奥多摩町のゆるキャラですね。

 

わさぴー
キャラクターの詳細な説明はこちらをご覧ください

 

さらに奥へ入っていくとわさびの情報発信を行っている、奥多摩町観光協会の方々とお話をすることができました。

 

奥多摩観光協会にてご紹介いただいたこの本を引用しながらお話をしたいと思います。

 

奥多摩わさび栽培組合著
奥多摩わさび

 

奥多摩町のわさびの歴史として

 

200年以上前の徳川江戸時代より生産され江戸へ搬出されていたそうです。

 

明治期の中頃より商品としての出荷が始まり、奥多摩地方の山村地域の貴重な現金収入として生活を支えていた歴史があります。

 

どれくらい大きな収益を生み出していたかというと・・・。

 

当時の氷川村の年間予算が ¥7,800円(明治期当時)に対して、わさびの年間売り上げは¥20,000円(明治期当時)だったそうで、いかにわさびがこの地域の貴重な特産品だったかがよくわかります!!

 

当時はまだ開発も進んでおらず、原生林や自然環境がそのまま手付かずに残っていたため良質なわさびを生産するには理想的な環境だったと思われます。

 

その後産業の発展で木材の伐採などが進み、従来の環境は悪化して10年おきに大洪水に襲われるようになりました。

 

ワサビ田の流失や後輩が多くなり農家の栽培意欲を減退させていきました・・。

 

しかしそれでも努力を重ねながら復興と衰退を重ねながら大正期へ向かいます。

 

大正期は第一次世界大戦での重工業産業の戦争特需もあり、日本中で『成金』が生まれました。

 

燃やしているのはお金です(良い子はマネしないように)
Money Motto!! 様 記事掲載写真引用
https://news.hoken-mammoth.jp/newlyrich/

 

世間全体の好景気に合わせるようにわさびの生産も増えたようです。
(引用著書ではその証拠があるわけではないと言及しておりますが)

 

それから「大きくなれば小さくなる」の通り、経済は急速な不景気となり昭和恐慌を迎えます。

 

それにより徐々に生産数も減り、日中戦争や太平洋戦争が起こる中で国民経済統制へ移行し国家による計画された食糧増産の時代へ突入し嗜好品としてのわさびの栽培は半ば強制的に放棄せざるおえなくなりました・・。

 

戦後は、高度経済成長も経て経済的にも余裕が出てきた日本人が再度嗜好品としてのわさびに注目をし、今までの環境も合わせて再びわさび栽培を奥多摩でまた始めました。

 

しかし、戦時下の空白期間が長くそのノウハウが後継されていなかったため大変苦労したようです。

 

引用著書によると当時としては、わさびの品質は静岡県のそれと比べ劣っており市場でもあまり歓迎されていなかったようです。

 

品質の問題も含め様々なことを解決するためにわさび組合を発足させ技術的な部分や経営的な部分を互助する仕組みを作ったとのことでした。

 

(引用著書)

記念誌  「奥多摩わさび」

発行人    奥多摩わさび栽培組合研究部

編集責任者 小峰 晟

発行年   昭和50年4月8日

 

 

 

これらのお話を伺った後に近くに川があったため水質を見るために川へ降りてみました。

 

結構高い・・。

 

近くにあった階段を降りていく。

 

建物の間に階段が!?
初見殺しです・・。
「スズメバチに出会ったらどうしよう・・。」とか思いながら歩いていく

 

すると見えてきました川が!!

 

溢れるマイナスイオン

 

真夏のうだるような暑さに清流の爽やかな風が吹いてきます。

川の流れる音もまた風流です。

 

周りを見渡すと観光客も結構いらっしゃいます。

 

楽しそうに皆それぞれに過ごす

 

あまり時間は残されてないのですが、少しのんびりしてしまいました。

 

肝心の水質チェック

 

写真だとうまく伝わらない・・。

 

写真はうまく撮れませんでしたが、とても綺麗な清流でした。

このまま足をつけて1日過ごしたかったです・・。

 

あと意外にも蚊が全然いなくて本当に過ごしやすかったです。

 

わさび取材記はまだ続きます・・。

 

次回は「奥多摩」から少し移動した「川井」という駅の近くにある、わさび農家/わさび卸販売をしておられるオーナーさんと売り子さんにお話を伺えたので明日の最終日に投稿したいと思います。

 

やっぱり真夏は海か山に行くのがいいですよねー。

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