こんばんは、五十嵐です!!

 

今日は残りわずかということで、最後に自分の教育観について改めて書きたいと思います。

 

これまでは、どちらかというと自分がどうなりたいかについて話した部分が大きかったので、

最後に子どもたちに、どのようになってもらいたいか、どのようなことを身につけてほしいかについてお話します。

 

未来の生徒たちに、この力だけはつけてもらいたいなというものはたくさん出てきますが、その中でも2つに絞ってお話します。

 

①出来事を「自分ごと」として考える力

 

わたしは、将来生徒たちに、日本、そして世界で起きている様々なことを、「自分ごと」としてとらえられる人になってもらいたいと考えています。

 

どんなことでも、自分との関わりがないものに関して、人は興味を持つことが難しいと思います。私も、高校生のころまでは、ニュースで日本や世界の出来事が流れてきても、「こんなことがあるんだな~~」くらいで終わってしまっていました。

 

しかし、大学に入り、日本や海外各地に足を運んだり、日本や海外各地の友達と交流していくうちに、自分の関わった土地のことがどんどん「自分ごと」になり、多くのことに興味関心を持てるようになりました。

 

今では、第二の故郷の北海道はもちろんのこと、日本や海外のニュースが流れるたびに、とても気になるようになりました。

 

今回のヨーロッパの旅で、まずは私が、ヨーロッパの様々な出来事を「自分ごと」としてとらえられるようになり、それを生徒たちに伝えることで、生徒たちにもヨーロッパのことをより身近に感じてもらいたいです。

 

そして、将来、生徒たちがヨーロッパを始め、世界の国々に行ったり、世界の人たちと関わってみようと思えるようなきっかけになりたいと思います。

 

世界、日本各地のことが「自分ごと」として考えられるようなきっかけに、私がなりたいです。

 

そして、

日本や世界各地で起こっている問題や災害などに自ら興味を持ち、「自分ごと」として考えられるようになってもらいたいです。

 

また、人は「知らないこと=怖いもの」としてとらえてしまいます。

私の場合、最近までロシアに関するイメージがそうでした。

しかし、知ってみるとイメージと違うことはたくさんあります。

生徒たちの「知らないこと」を減らし、少しでも世界に対する、「怖い」というイメージを無くしていきたいです。

 

②常識=許容範囲を広げる力

 

ある人の話で、とても印象に残っている話があります。

それは、

 

「子供たちは、教育の過程で、常識を教え込まれ、大人になったらその教えられた常識の範囲でしか物事を考えられなくなる。常識とは許容範囲である。」

 

というお話でした。

 

常識=許容範囲

 

この言葉は、本当になるほど!!と思った表現でした。

 

またまた高校の話に戻りますが、私も高校までは本当に狭い世界で生きていたし、それ以外を知ろうという気もなかったし、狭い世界であることにすら気づいていませんでした。

 

しかし、ひとまず埼玉を離れ、北海道に来ただけでも、あらゆる常識だと思っていたことが、ただの「一つの選択肢」にしか過ぎないということを痛感しました。

日本・海外各地を旅したり、日本・海外各地の様々な人と話したり、色々な職種の人と話したり、色々なハンデを持っている方と話したり、

 

どこに行っても、誰と話しても、自分が常識だと思ったものは、ただの「一つの選択肢」・「一つの事例」に過ぎないんだなということを実感してきました。

 

そんなことを言っても、まだまだ、まだまだ私の知らないことはたくさんありますし、無意識に「常識」と思ってしまっていること、決めつけてしまっていることはたくさんあるとおもいます。

 

だからこそ、世界を回って、そんな「常識=許容範囲」を広げていきたいです。

 

そして、それを生徒たちに伝えることで、生徒たちの「常識=許容範囲」を広げていきたいです。

 

こんな考え方もある

こんな働き方もいる

こんな生き方もある

 

と生徒に知ってほしい。

 

そして、そんな子供たちが増えることで、

外国人も、障害を持っている人も、様々な性的志向の人も、誰でも、

お互い認め合い、楽しく過ごせる社会になればいいなと強く思います。

 

そのために、まずは自ら学んで、自分の「常識=許容範囲」を広げていきたいです。

そして、ヨーロッパから帰って来ても、その気持ちを忘れずに、色々なことに興味を持ち、知っていきたいです。

 

五十嵐諒子

 

 

 

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