プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

マツの子どもたちを里帰りさせるために、引き続きご支援をお願い致します。

 

無事に第1目標とした100万円を達成することができました。ご支援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

 

しかし、全体経費の300万円には未だ遠いという現実にあります。クラウドファンディングで集まった100万円に加え、「白砂青松再生の会」他からの支援金が凡そ100万円、合わせて200万円が現在見込める金額です。残りの金額をどのようにして集めるか、その課題に対する答えは未だ見つかっておりません。

 

そこで、少しでも本来必要な金額に近づくために、残りの募集期間を利用して、第2目標を150万円と設定することといたしました。

 

150万円に到達しなかった場合でも途中まで集まった金額が返金されることはなく、しっかりとマツの里帰り実現のために使用させていただきます。

 

新たにお願いする個人、企業、団体を検討する中、ご協力が得られましたら幸いです。よろしくお願い申し上げます。

 

ゆりりん愛護会代表 大橋信彦

 

 

東日本大震災で壊滅的な被害を受けたマツ林。種子を守り、5年の月日をかけて育てたマツ3,375本をふるさとの海岸に里帰りさせたい!

 

皆様、こんにちは。ゆりりん愛護会代表の大橋信彦です。不審火がもとで焼失してしまった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)海岸のマツ林の再生と、「地域の自然を守り愛するこころ」、「地域に奉仕するこころ」を持った子どもたちを育成することを目的に、平成18年4月、ゆりりん愛護会は誕生しました。

 

私たちは、焼失したマツ林を再生するため、クロマツをはじめとする樹木の苗8種、1,300本を地元の小中学生と一緒に植えました。荒れていた周囲のマツ林の整備にも努め、マツ林は見違えるように美しくなりました。しかし、平成23年3月11日、突如やって来た東日本大震災により、まちも海岸も壊滅的なダメージを受けました。共に汗を流した仲間も、7名がその犠牲となりました。

 

しかし、私たちはあきらめず、生き残ったマツから種子を採取して苗を育て、内陸にある畑をお借りして5年の間、閖上海岸のマツを守り育て続けてきました。本来であれば、もっと早く沿岸部の植栽地に移植する必要があったのですが、植栽地の規制や金銭的な問題からなかなか踏み出せずにおりました。

 

お借りしている畑は平成30年3月までにお返ししなければならず、私たちは、大きくなったマツをふるさとの海岸に近い仙台市荒浜地区に移植することといたしました。そのためには300万円ほどの費用がかかる見込みです。皆様のお力を貸していただけないでしょうか?

 

海岸林再生活動の様子

 

 

地域の人々にとって大切な存在だったマツ林が東日本大震災によって壊滅的な被害を受けてしまいました。

 

昭和30年代の燃料革命(電気、ガス、石油)まで、マツ葉や枯れ枝はかまどで煮炊きするための燃料として使用され、マツ林自体も、キノコ採りや森林浴など、自然の恵みを与えてくれる貴重な存在でした。地域の人たちはこのマツ林を「まづばら」(松原)と呼んで生活のため、またリクリエーションの場として大切にしていました。

 

復活させようと植林した焼失地のマツも、周囲のマツ林も、東日本大震災によって壊滅的な被害を受けました。その様子を目にした時、「悔しい」とか「悲しい」という感情を超えて、自然の猛威にただ呆然としたことを思い出します。

 

被災したマツ林の様子


ですが、海岸林の再生に取り組む「白砂青松再生の会」代表の小川眞先生が、震災直後に閖上海岸の被災状況を見に来てくださいました。先生は、閖上海岸にわずかに残っていたまだ青いマツカサを見て、「これを京都に送ってくれたら、その子孫を残してあげましょう!」と言ってくださいました。

 

その時、自分の中に「よーし!」という感情が芽生えたことを憶えています。それは、「第二の人生はふるさとの海岸再生でいこう!」という、在職中から自分の中に在ったふるさとへの思いでした。その年の11月、私は海岸で採取した青いマツカサをダンボールに詰め、それを福知山市の京都府緑化センターに送りました。

 

1つ1つ大切に集めていきました

 

 

種子から3375本の新しい命が生まれ、今では2メートルにまで成長しました。しかし、平成30年3月までに今ある場所から移植する必要が生じました。

 

送ったマツカサから約5,000本のマツ苗が育ちました。10cm程に成長した一年生の苗を名取市に里帰りさせ、「白砂青松再生の会」や多くの方々の支援の下、私たちはそれを高舘地区の畑に移植し育苗に努めてきました。今では、苗は2mにも達する立派な若樹になりました。

 

当初計画では、2~3年後に海岸に移植するよう考えていましたが、被災地支援にやって来た有力団体・オイスカ(国際NGO)が国、県、市と四者協定を結び、名取の海岸100ヘクタールの土地全てを自分たちの力で再生させると公言したのです。

 

何度か、オイスカに”生き残りマツ”のためのスペース(0.3へクタール)を提供してくれるよう要請しましたが、それは叶いませんでした。時は待たず、平成30年3月までに育苗畑を原状に復す必要が生じました。そこで、立派に成長したマツ3,375本を少しでもふるさとの海岸に近い場所に移植することといたしました。

 

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マツ苗移植風景(イメージ)

 

 

被災した人たちが帰りはじめているこのタイミングで、3,375​本のマツをふるさとの海岸に近い仙台市荒浜地区に移植します。

 

震災後の6年は、被災した私たちがそれぞれの思いを持って過ごしてきた年月でした。海岸で生き残ったマツの子どもたちもまた、同じ年月を過ごしてきました。今

、復興のまちづくりがすすむ沿岸部に被災した人たちが帰りはじめています。6年生になったマツの子どもたちもまた、ふるさとの海岸に帰る時がやって来ました。

 

「できるだけ近くに」と考え、宮城県に働きかけた結果、仙台市荒浜地区に植えることができるようになりました。しかし、大きくなったマツを移植するためには、掘り起し、運搬し、土地を整備した上で植えるのにかかる費用も大きくなり、全体で300万円ほどの費用がかかってしまいます。

 

少しづつ、支援のお願いをしているのですが、まだまだ必要な資金には届きません。ここまで育ったマツの子どもたちの命を守るため、一部の費用を皆様にご協力いただきたく、この度の挑戦を決意致しました。

 

再生活動の様子

 

 

マツが立派に育ち、地域が再生することを願う私たちに、皆様のお力を貸していただけないでしょうか?

 

自然は、時に甚大な被害を私たちにもたらしますが、自然はまた、それに勝る大きな恵みを与えてくれる存在でもあります。

 

今回移植するマツが将来立派なマツ林となり、地域にとってかけがえのない存在となるだけでなく、「自然と共生する社会」へのヒントを提供してくれる、移植地がそんな場所であって欲しいと私たちは願っています。

 

「地域を知り、地域の人となれ!」と、わたしたちの先輩は教えてくれました。大きな震災を超えて「美しく健康な海岸を呼び戻す!」という、地域の再生に賭けるわたしたちの夢と覚悟をご支援ください。よろしくお願い申し上げます。

 

皆様のご協力、お待ちしております

 


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