皆さんこんにちは!

 

READYFORさんまでの締め切りまでの9日間、修復からこれまでの経緯を振り返ってみることにしました
FacebookやTwitterでも同様の情報を発信してまいります

〜その1〜 修復の記憶

本機は1970代にパプアニューギニアで発見されました
今でも多くの機体が残骸として残っていますが、墜落してしまった機体は修復では使えないそうです


 

〜その2〜 修復の流れ
本機は、パプアニューギニアで発見された後、ブルース・ロックウッド氏指揮の基に米国に移送して、サンタモニカ航空博物館に収納されました
その後、当時の設計図を基に、リバースエンジニアリングの粋と関係者の情熱を掛けてA6-M3の零戦22型と同じ仕様に仕上げ、2000年初めにボブ・ハンナ氏が復元完了した機体を購入しました
修復にあたっては、工業サイズ(インチとセンチメートルの違い)などの幾つかの理由で、ロシア(旧ソ連)の戦闘機Yak(ヤク)を製造メンテナスしているチームでの作業なども入れて、合計38万時間という途方も無い作業時間を要して飛行可能にしたものです。
エンジンについては、オリジナルの栄エンジンはレストアできる状態ではなかったのでPratt & Whitney社製R1830のエンジンを搭載して飛行しています。