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日韓アジア基金・日本 スタッフの若松です。
今年のゴールデンウィークに、カンボジア現地スタッフのリティさんにご案内いただき、プノンペン郊外にある支援先の小学校の視察に行ってきました。※画面トップの子どもたちの写真は、その時のものです。

私が教室へ入ると、手と手を合わせて合掌するカンボジアの挨拶で先生と子どもたちが温かく迎えてくださいました。どの子も真剣なまなざしで一生懸命に算数の勉強をしていました。目が合うとにっこり笑ってくれる人懐っこい表情をいまでも鮮明に覚えています。教科書を見せてもらうと、表紙の次のページには、日韓アジア基金を英語にした、”I Love Asia Fund”と書かれている四角いスタンプが押されているものがありました。皆様が必至で働かれた中でご寄付いただいたお金が大切に使われ、子どもたちの学びを支えていること、そして今いただいているご支援が彼らの未来にしっかりと、確かに繋がっていくことを改めてここでお伝え申し上げます。

カンボジアは、ポルポト政権下で起こった大量虐殺という悲しい歴史を持つ国です。私が産まれるわずか10年前のでき事でした。特に学校の先生やお医者さんなどの知識人がターゲットになり、罪なき人が”国のスパイ”という罪をきせられ、次々と拷問を受け殺されました。カンボジアの教育が遅れ、読み書きができない人が多いのはこの歴史に由縁しています。
私が訪れた非正規の学校では、貧しさゆえに小学生ながら両親の仕事を手伝い学校に来る子や、両親がなく、近くのお寺で生活をしながら学びに来る子もいました。
悲しい歴史にも環境にも負けず、ただ目の前にある勉強を楽しそうに、真剣に取り組んでいる姿を見て、教育は希望であることを実感しました。
一人一人の子どもたちがさまざまな夢を描き、10年後、20年後、その夢が叶うことを心から願っています。

私事ですが、四年前に日韓アジア基金の活動を始めてから、仕事が繁忙なことが理由で活動をしていない時期がありました。その最中、昨年の12月に当会の大黒柱であった大澤さんが亡くなりました。国際NGOのハビタットフォーヒューマニティーのカンボジアでの建築活動からの帰国後、日本でも何かしたい、と思っていた私が出会ったのが、日韓アジア基金でした。グローバルフェスタで初めて日韓アジアを訪れた際、大澤さんを質問攻めにしてしまったにも関わらず、とても丁寧に説明してくださったことが忘れられません。20以上ものNPOの支援をされていた大澤さんは、若いメンバーに対して決して上からものを言う方ではなく、未熟な意見でもしっかりと聞いて、受け止めてくださる方でした。誰よりも社会を良くしたいという熱意にあふれ、またどんな人に対しても愛情あふれるとても偉大な方でした。小さい頃に両方の祖父を亡くした私にとって、勝手ながら、本当のおじいちゃんのように思っておりました。1年ほど会うことがなく、亡くなる前も会えないまま、お別れする形になってしまったことを、今でも後悔しています。偉大な方がなぜ偉大と言われ続けるのか、一つは、その方の残してこられた功績であり、二つ目は、その方の意志を継ぎ、あとに続く人たちの行動であると私は思います。大澤さんが残してくださったものをしっかりと受け継ぎ、さらに素晴らしいものにしていけるよう、再び私を迎え入れてくださった丸山さん、斉藤さんをはじめ、温かい日韓アジア基金のメンバーと一緒にこれからも邁進していきます。きっと、大澤さんも天国から見守っていてくださるに違いありません。

“One Asia”
アジアは、一つです。どこの国が欠けてもアジアにはなりません。そして、アジアの平和が世界の平和に繋がると、私は信じています。日本は様々な分野でアジアの国々に貢献することができると思います。私たち日本人が果たすべき役割は、とても大きいと確信しています。

今後とも、どうか温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。
猛暑が続いておりますが、お身体をご自愛ください。
オークンチュラウン‼︎(“本当にありがとうございます‼”︎)
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