プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました
 

 


新作小説「只見川」出版プロジェクト!

 

はじめまして、有限会社アクトの高見沢功(たかみざわ いさお)です。CM制作の仕事を福島県郡山市で14年間やっています。小さな頃から本を読むのが好きで、高校時代に小説を書いた経験から、平成12年より会津を舞台とした小説の出版活動を行なっています。

 

経歴

2000年11月:小説家デビュー

2000年:『長女・涼子』で福島県文学賞小説部門・奨励賞

2001年:『地方御家人』で福島県文学賞小説部門・準賞

2002年:『十字架』で福島県文学賞小説部門・文学賞
 

 

これまで、自費で3冊の小説と2冊のコミックを出版しました。しかし、どれも再版には至らず、次回作の出版費用が捻出できなくなりました。もし出版費用が賄えれば、また会津を舞台にした小説を出すことができ、会津の気高くひたむきな精神を小説で伝えることができると考えています。

 

そこで今回は、その新作小説を出版するため、クラウドファンディングに挑戦させていただきます。小説の題名は『只見川』です。只見川は実際に会津にある一級河川で、内容は厳しくも温かい風土の中で育まれた人間性を追求する物語です。全国でも稀有な、自然や古代からの伝統技術、精神文化を自分達の生活の中に取り込んで、心豊かに暮らす人々を描きたいと思い、出版に向け、現在この作品に全力投球しています。

 

クラウドファンディングを行うにあたって資金調達はもちろんですが、これを通して小説をより多くの方に手に取ってもらい、福島県内のみならず、全国に奥会津の魅力を伝えたいと強く思っています。どうか応援よろしくお願いします。

 

みなさま、私の挑戦の後押しをどうかお願いします。

 


映画監督の夢破れ、紆余曲折

 

1972年、会津高校を卒業後、日大芸術学部映画学科監督コースに入学しました。映画監督になりたいという希望を叶えるための映画演出や、脚本、演技指導、映画鑑賞批評などの講義はどれも楽しく、充実した学生生活を送っていました。

 

しかし、1973年秋のオイルショック以降、日本経済はどん底に陥り、私が卒業する1975年に、映画会社で一社だけ入社試験を行っていた、日活の助監督試験に落ちてしまいました。映画会社に入れなかった私は、唯一合格した東京のCM制作会社にお世話になることになり、CM制作の道を歩みはじめました。

 

CM製作の仕事をしている私です。

 

1975年から1989年の14年間は、東京で働き、1989年から2004年までは福島県郡山市のCM制作会社で働きました。そして、2004年3月に郡山で独立し、CM制作会社を起ち上げました。ただ、独立してからも、リーマンショックや東日本大震災に見舞われ、苦難の連続でした。

 

CM制作は人手や費用がかかったり、関連会社の規約があったりと、自分の作りたいものを自由に作れる仕事ではなく、息苦しく感じるときもありました。そんなときに、高校時代、小説に没頭していただことを思い出しました。小説の執筆はCM制作と違い、誰の手を煩わせることもなく自分一人でできる、制約のない自由で楽しい作業だと思います。そんな作業が私に向いていると思い、現在まで計5作を出版してきました。

 

執筆作業の様子。

 

 

その地に住まう人々に胸打たれ

 

私自身が奥会津の人の優しさを最初に実感したのは46年前、大学1年のときでした。1972年、当時日大映画科1年の私は、映画演出の授業で「ものの出来るまで」という8ミリでの映画制作の課題を与えられました。

 

私は奥会津の三島町を舞台に「桐下駄の出来るまで」を制作することにし、高校時代に会津若松の下宿で隣同士だった、三島町出身のH君に相談しました。H君は東北大学に進学していましたが、休みで帰省したときには何度も桐の林や乾燥・製造工程の現場を案内してくれました。


さらに各現場でも、職人の方々から撮影時の惜しみない協力や励ましをもらい、お茶菓子や食事までごちそうになりました。見ず知らずの18才の若輩者に対してです。

 

これ以後、仕事のみならず個人的にも、大変温かい接し方をしてもらったことは数え切れません。例えば「第一回奥会津文化フォーラム」を企画し、三島町で開催したこと。あるいは、私が福島県文学賞を受賞した時に三島町単独で受賞祝いをしてくれたこと。金山町で東京のテレビ番組を収録したときに、撮影コーディネイターとして参加した私に多大なる協力をしてもらったことなど、その人情の熱さ、心優しさは枚挙にいとまがありません。

 

(左)下宿先のおばさん、(中央)当時の私。

 


奥会津の人と文化を小説で表現

 

今回のプロジェクトでは、皆様からいただいたご支援で、新作小説『只見川』を出版させていただきます。

 

これまでは故郷である猪苗代や、高校時代に住んでいた会津若松を舞台に小説を書いてきました。20年ほど前から、仕事や個人的なつきあいで何度も奥会津に行くようになり、その度に、そこに住まう人々の精神の気高さ、心優しさに胸を打たれました。お金のためではなく、自分の利益のためではなく、純粋に自然を畏れ敬う、しかし、服従するのでもない。ありのままに生きる、その姿が私にはとても魅力的に映り、今回の小説は奥会津を舞台にしています。

 

小説は二作収録で、一作は猪苗代の山塊を舞台に、自然に寄り添って一途に生きる老人と愛犬の友情を描いた『星降る山』もう一作は只見川の四季や民俗文化を背景に、母と娘の純粋な愛情を綴る『只見川』です。また、この本には、奥会津郷土写真家・星賢孝氏よりご提供の只見川の美しい写真が掲載されます。

 

 

<資金使途>

小説制作費:571,480円
手数料(税込):128,520円
必要金額合計:700,000 円

 

<出版部数>

小説「只見川」1000部

※2019年5月31日までに出版予定

 

<あらすじ>

東北の山間に生まれ育った葉子、引っ込み思案な少女。二十四歳の時、親に勧められて結婚し、妊娠もした。しかし、事業に取り憑かれた夫に強制されて、堕胎。打ちひしがれた。

 

離婚して実家に戻った葉子を、父は許さなかった。惨めだった。行き場を失って、自殺しようとする葉子を、車で通りかかった旅館の主人が救う。助けられた旅館で働き始めた葉子が出会ったのは、宿泊客の男だった。物静かで都会的な匂いの男に葉子は好意を抱いた。葉子は男と結ばれた。


恵美が生まれて二年、男が去って葉子は変わった。ひたむきに働きながら恵美を育て、父親の役割も果たしながら、必死に生きた。しかし突然、恵美がギラン・バレー症候群を発症。恵美の身体を蝕む病気に、葉子は献身的な看護で敢然と立ち向かう。絶望的な状況の中で、恵美の決意の言葉「私がお母さんの不幸を背負ってお雛様になる」。葉子の脳裏に、幼かった頃の恵美が蘇ってきて、葉子は過去と現実の区別がつかなくなった。

 


地元福島のために、文字を紡ぎ奥会津の魅力を発信

 

今回、この小説で奥会津の精神を紹介できたら、多少なりとも奥会津を伝えることができ、訪れてみようと思う人が増えるかもしれません。映像や画像で紹介される奥会津の風景も美しいものですが、そこに暮らす人々の心優しさを、ストーリーの中で伝えることは、読書好きの方の要望に応えながら奥会津の魅力を再認識してもらえると思っています。

 

ご存知のとおり福島県は東日本大震災で、自然災害のみならず原発事故という人為災害も起きてしまいました。2018年11月30日時点でも、33,000人が福島県外に避難しています。(出展:復興庁)また、風評被害による農産物・水産物・県産品の売上減少はいまだ深刻な問題です。そんな福島県が復興に向けて頑張っている、その思いを小説にぶつけてみたいと思います。

 

最後になりますが、私の挑戦をどうか後押ししてください。よろしくお願いします。

 

 

奥会津郷土写真家・星賢孝氏より

 

ローカル線の横綱として人気の只見線。幻想の川霧で人気沸騰の霧幻峡の渡し。それらを育んでいるのが絶景峡谷只見川なのです。この小説が紡ぐ悠久の只見川の幻想を私もぜひ味わってみたいと思います。

 

 


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