
支援総額
目標金額 1,100,000円
- 支援者
- 0人
- 募集終了日
- 2021年5月10日
(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その29。「アジェール」
夜中に携帯が鳴ると決まってパスポート紛失の知らせ。携帯の鳴り音で分かってしまう。不思議なことに今までは女性客のみ。なかにはキャリーバッグの底に仕舞い込んだのを忘れてしまったと云う笑い話もあったけれどパスポートの紛失は一大事。身動きが取れなくなる。自分の国籍を証明できずスペインから出国できない。こうなると密入国者と同じになってしまう。此処では盗まれても紛失と同じ扱い。警察に盗難届けを出すと「手元から五〇センチ離すと盗まれる」と叱られる。「盗まれた貴女のパスポートは売られ世界の何処かで必ず犯罪に使われる」。世界の何処かの犯罪発生の責任は貴女にあると言わんばかりの警察官の態度。これには面食らうし同時に腹も立つ。犯人を捕まえようとする意欲はまったく無い。パスポート再発行手続きに必要な盗難届けの書類を作ってやると云った姿勢に終始。日本の警察官が偉大に思えてしまう。
日本大使館はマドリッド。領事館はバルセロナ。どちらかに足を運ばなければならない。当然にツアーから外れ単独行動を余儀なくされる。再発行までは最短でも一〇日余り。その間は「お好きなように」と大使館と領事館の窓口は冷たい。厳しくもパスポートを盗まれる人は外国に滞在する資格がないのだ。
紛失した一人のオバサンが再発行されるまで、わたしの部屋に泊めて欲しいと言ってきた。如何に『客の記憶に残るガイド足れ』が座右の銘であっても余りの厚かましさに、丁重にお断りした。このオバサンは自己責任概念が欠落していた。わたしが断わると「今時の若い娘は他人の痛みが分からない」。
サンタンデールを日本に例えるなら裏日本。気候も少し似ている。違いは雪が降らないところ。温暖多湿。夏でも三〇度を超えない。人情も地中海沿岸の人達とは違う。ノンビリしている。けれどもシェスタが無い。それほど熱くないから。太陽も巨大では無い。メキシコ湾からの暖流がビスケー湾沖を通り、カンタブリアとピレネー山脈に雪をたっぷり降らせる。人々の昔からのゆったりとした暮らし。南と違って水不足はまったく心配無い。
樹木が生存できない標高二〇〇〇メートル地帯にスキー場がある。オビエドスキー場までは車で三時間余り。氷河を滑り降りてみたい。夏の今から山の雪が待ち遠しい。
わたしは国際運転免許を携えている。鎌倉に戻った時に取得した。
行きつけのカフェができた。
『Siboney』
手狭な事務所から離れ、支社長やスタッフとの打ち合わせの場所として、通っているうちに行きつけになった。人と車の往来が少ない、ここのカフェテラスは落ち着く。それにウェイターの若者の一人が凛々しくて気に入ってしまった。アジェール。彼はバスク人。
挨拶代わりに女を誘うラテン系の男子はわたしの好みではない。スペインの女子は挨拶代わりの誘いに慣れている。挨拶代わりを「No」とにべもなく拒否し、好みのタイプから誘われるよう容姿を磨く。この辺りは日本と同じ。実にハッキリしているのが違い。男子は「No」の連続にもめげる素振りを見せず「Si」を獲得するまで挨拶を続ける。
何時もと同じように九時四五分に出社すると待ち構えていた支社長から「『Siboney』に行こう」と言われた。アジェールは注文しなくともカフェオレを差し出してくれる。時にはホカホカの焼き立てキッシュを添えて。「頼みもしないのにそれも焼きたての時にだけのぞみにキッシュを持って来る。怪しい関係」。唯一のスペイン人のスタッフであるフローリカが冷やかす。わたしは否定も肯定もしない。日本人特有の曖昧な笑顔で応えている。その都度彼女は首を傾げる。曖昧が分からないのだから致し方ない。
わたしはアジェールと会話レッスンを始めていたのだ。
「大切な話がある」と支社長が切り出した。
わたしは顔を上げた。
「いよいよ社運企画が動き出した。一週間後に『ホタテと瓢箪』の第一陣が到着する。ロンドン経由。ロンドンから此処までは向こうの支社の者が付く。ここからはすべてを君に仕切ってもらう。頑張って成功させて欲しい。大切なのは一〇日間の行程への準備。それに病気怪我を含めて必ず事故事件が起こる。そうした時の対処でガイドとしての君の評価が決まる。定員三〇名は売り出してから一週間も経たずして完売した」
支社長は嬉しそうに、そして少し誇らし気に言った。彼の粗利計算では四〇%前後。この業界では考えられない数字とのこと。
「営業に経費をかけなければ可能になる。しっかり創ったパンフだけが直接経費。他に宣伝は何も打っていない」
彼が睨んだ通りカトリック教会の波及力は凄かった。それを導いたのが個々人でサンチャゴ・デ・コンポステーラに向かう費用の半分程の価格設定。またカトリック信者のみのツアーも参加を促す要因に。神父たちも安心して我社の企画を手伝ってくれたようだ。
ビジネスマンが、何を、どう考え、如何に追及するのかが、少し分かった。利益を出さなければ企業は存続できない。これが最大の価値基準。そこを目指して知恵を絞り確実な利益捻出を求めて方針へのモニタリングを試みる。
リターン
5,000円

応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
- 申込数
- 0
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
10,000円

10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
- 申込数
- 0
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
5,000円

応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
- 申込数
- 0
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
10,000円

10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
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- 2021年7月

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