9. 別のタウンシップでの出会い


月日が少したちました。

ニバルレキレ代表の小山が、エマプペニのコミュニティを歩いている間に活動を手伝ってくれている友人が、
ソエトというタウンシップ郊外にあるスクウォッターキャンプ(スラム)、クリップタウンのエイズ孤児たちの「エルドラド・ドロップ・イン・センター」を訪問した際に仲良くなったソーシャルワーカーが、エマプペニの別のセクション(日本でいう、~丁目のような区画の違い) から通勤していることがわかりました。

 

       



私たちはお互いに非常に驚きと喜びの声をあげました。

何かがここから始まるかもしれない。

そんな予感を感じさせる、偶然であり必然の出会いでした。

案の定、ソーシャルワーカーである彼は地元のエマプペニでも、たくさんのネットワークを持っていました。
彼を通じて、私たちはさらにたくさんの地元に住みながら、郊外の医療機関やNPOで働くカウンセラーやソーシャルワーカー、看護師らと、次々と会う機会を実現させていきました。

また、これまで知らなかったエマプペニ内での小さなエイズや子どもにかかわる活動をしているNPOの存在を知り、訪問し、トンビ一家の事例を報告する機会も得ました。

その中で、コミュニティにある問題が、社会資源の情報を適切に得るためのスキルを学ぶ機会がないこと、エイズ孤児の具体的な生活困難に長期的にかかわる活動がないこと、遺族のメンタルケアをする社会資源がないこと、HIVの直接の当事者ではないもののエイズの影響を受けている人たちをケアする活動等はないことなど、エマプペニの実情もよりはっきりと見えてきました。

また、コミュニティ自体が貧困の中にあり、その中で多くの人の自尊感情を高めていくことで、コミュニティの結束力を高めることができるのではないか、という希望も見えてきました。



10. 想いが一致した瞬間


ニバルレキレが出会った「エルドラド・ドロップイン・センター」で働いていたソーシャルワーカーの名前は、ムズワキ・クマロ。

ドロップイン・センターとは、エイズ孤児たちが放課後に給食や様々な活動などのケアを受けるために立ち寄る施設です。
そこで働いていたムズワキは、彼自身も大変な貧困の中で育ち、自分でコツコツと長い時間をかけてソーシャルワーカーの資格をとった青年でした。

彼は 「近々自分の住むエマプペニに自力でエイズ孤児を中心としたコミュニティでエイズとともに生きるすべての人のためのNPOを作りたい」 という夢を抱いていることを教えてくれました。

そして、彼と出会った小山の友人は、その場でトンビ一家の話と彼女の遺したンポや他の家族を私たちがこれからもケアしていくこと、そしてトンビの遺志を継いでエマプペニに何かを生み出したいという願いを語ってくれました。

おそらく、わずかでも私たちが話し合うタイミングがずれていたら、何かは生まれなかったでしょう。
それくらい私たちの当時のお互いの気持ちと目的は一致していたと思いいます。

何かがスパークする瞬間のようなものをお互いに感じていました。
ムズワキがリーダーシップをとる形で、住民との話し合いを進めていくことがすぐに決まりました。

 

       



11. 住民による話し合い、そしてニバルレキレの役割

 

コミュニティに住む、主に医療福祉関係の専門職種につく住民やリーダー的な存在の住民と一緒に、トンビ一家かこれまでにエマプペニの不十分なサービスと社会資源の欠落、住民のネットワークの弱さの中で直面しなければならなかった困難な生活について、私たちは何度も話し合いをしました。

それらの有志による話し合いでは、彼ら自身もより良いコミュニティを強く望んでいることがよくわかりました。
そして、トンビ一家のような悲しみをコミュニティから減らすためには、自分たちでコミュニティを変えていかなければ、という意志も複数の人たちが口に出すようになっていきました。


具体的なネットワークづくりが始まりました。
専門職だけなく、地域に住むHIV陽性者当事者や「自分も子育てをしている。孤児のために何かをしたい」という主婦たちも集まり始めました。

トンビの遺した孤児であるンポの 「亡くなった家族のために、この家を自分が守りたい」 という勇気も彼らの間で語り継がれていきました。

様々な活動の案が出される中で住民に一致した想いは、「まずは一番の弱者であるエイズ孤児を守る活動をしたい」というものでした。
そして活動内容として
エイズ孤児のためのフィーディングスキム(給食サービス)
子どもへライフスキル(生きるための様々な知恵や行動力)を教えていく活動
各家庭の経済基盤強化のたねの行政手続きの支援活動
メンタルケア
定期的な家庭訪問による家族全体のメタルケア
将来的に大人のHIV陽性者やエイズ患者へのサポートや貧困家庭への訪問活動のできるスタッフのスキルトレーニング
が、住民の間で決められました。

活動の名前は 「セチャバセンター」。
セチャバの意味は「共同体」。
センターといっても、事務所も活動場所もまだこれからです。
でもその名前には住民の願いがこもっていました。

ニバルレキレがこの話し合いの中で何をしたかというと、「静観」と「傾聴」です。
また、彼らには実際に活動を始めるための予算は全くなかったため、ニバルレキレが負担できる「予算の中でそれらの活動を実現するためのプランの修正」 です。

コミュニティに何が必要か。
また、何をしたいか。
それを決めるのはコミュニティの住民自身。
そうすることで自分たちの活動に責任が持て、また活動も、たとえ予算が少なくとも長期続けられると考えていたからです。
 

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