子供の頃、いなべ市から当時1時間ぐらいの距離感だった、桑名市に住んでいたのですが、両親はとても忙しかったので、私は、学校が休みになるといつも、「おばあちゃんの家」と呼んでいた母屋のあるいなべ市ですごしました。

 

 人づきあいが苦手だったかわりに、ひとりで過ごすことはつらくはなく、石垣の間のトカゲや苔を眺めたりして、母屋の仏間で、なんどもなんども同じ本を読んだりして、過ごしました。自分に戻れる場所であったと思います。

 

 

雨の日、雨の日は時間がとてもゆっくり進みます。長い長い午前中が過ぎ、絵日記にはかたつむりの絵。ガラス窓の外に、ヤツデの葉が見え、開けると外に雨とヤツデと苔が見えました。

 「ヤツデの下はな、ムカデがおるで、長靴をはいとらなあかん。下駄はいて、ムカデを踏むとムカデが反って刺されるで下駄はあかん」

 

 母屋はそういう時間を作ってくれる場所でした。

今、母屋はあちこちが傷んで、もう、年末ジャンボの1等にでも当たらないとカンペキには直せません。母屋をどうしようか、ずっとずっと気になって、長い長い悩みごとになりました。

 それを友達に話してみると、おなじような悩みを持っている人があちこちにいました。

 

 この地域では、空き家も増えていき、ここ数年で母屋の前の家もおとなりも空き家になりました。家を新たに建てる人は、古い日本家屋を建てなくなりました。

 集落のデザインは変わっていきます。それが、とてもとても寂しいのです。

 私が母屋とともにできること。それは、たぶん、今、できることをできるだけやること。母屋と私と一緒に、修繕の実験をしよう、と思いました。

 そしてもし、修繕が少しでもできて、使えるようになったら、個人の所有物として、ではなく、多くの人と共に楽しめる場所、みんなに使ってもらえる場所にしようと思ったのです。

 

 ご協力いただける建築士の方、HandiHouse projectの方が、どんなアイデアを出していただけるか楽しみです。建て替え、全面リフォーム以外の、第三の選択肢になればなあと思います。ご支援よろしくお願いいたします。

 

新着情報一覧へ