プロジェクト概要


みなさん、このたびは「マスダ・ボストン・チャレンジ」へのご支援ありがとうございました。


おかげさまで、ボストンで開かれるALS国際学会への参加に必要な経費について、めどがたちました。


このように早く達成できたのも、ひとえにみなさんのあたたかいご支援があったからです。ご支援いただいたみなさんに、増田さんからお礼のメッセージがありますので、ぜひ動画を見ていただければと思います。

 


※この動画は、目標金額が90%を超え、達成が見えてきた時点で撮影いたしました。増田さんと撮影者の都合により、日付が前後していることをご了解下さい。


目標金額に達しましたので、支援の追加受付を終了させて頂きました。

(※Readyforのシステム都合のため、募集期間の変更は行えないため)

 

本当にあたたかいご支援をありがとうございました!

2017/11/22追記


 

「人工呼吸器をつけて!もっと生きようよ!」
私を後押ししてくれた言葉を、世界の仲間にも届けたい。

 

はじめまして、増田英明です。こちらのページを見ていただいて、ありがとうございます。私は、2004年60歳の時にALSを発症し、現在は人工呼吸器をつけて在宅生活をしています。患者会の役員や講演活動、地域の方々との交流など、社会の中で私ができることを一つひとつ実践しています。

 

このたび、12月6日から10日にボストンで開催されるALS国際学会で、「人工呼吸器をつけてもっと生きようよ」ということを伝えるために、協力者とともに動き出しました。

 

しかし、現在の飛行機での渡航は、私のような状態にある人を想定しておらず、移動だけで多額の費用が必要になります。そこに介助者の移動費、宿泊費も加わると250万を超えるお金がかかります。この間、航空会社とも交渉してきましたが、費用は変わらず、ボストンまでの費用が足りません。

 

この取り組みを応援してくださる方々の助けもあり、必要な渡航費用も残り70万円というところまできました。みなさま、私の思いをお読みになって、どうかご支援をよろしくお願い致します!

 

みなさまご支援の程よろしくお願いいたします

 

増田英明とALS

 

「人工呼吸器はつけません」

 

私がALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症したのは2004年60歳のときでした。それまでは健康に過ごしていましたが、腕に力が入らなくなり箸も使えなくなり、歩くとふらついて転倒するようになりました。病名とともに、今後起きることを聞かされました。「ALSは難病で治療法もなく、病気が進行すると身体が全く動かなくなり寝たきりになり、最後は呼吸もできなくなる。人工呼吸器を着ける人もいるが、経済的負担や介護の負担が大きい」と。

 

その直後に、担当医から人工呼吸器を装着するかどうか尋ねられました。病気を受け入れられなかったし先のことまで実感できない。何よりも大切な家族に負担をかけたくなかった。私は人工呼吸器を装着しない意思表明をしました。

 

しかし、思っていた以上に進行が早く、口からの食事に時間がかかり、飲み込みづらくなってきたのは診断を受けてから半年後のことでした。同時に息苦しさも感じるようになり、2006年2月にバイパップというマスクで呼吸を補助し、栄養をつけるために胃ろうを造設しました。しかし、5月にはそれでも呼吸が苦しくなり、不安と恐怖で眠れなくなりました。人工呼吸器を着けないことへの意思を再確認されるたびに、私は暗たんたる気持ちになっていました。息苦しさは想像以上でした。

「苦しい、私はもう死ぬのだろうか……苦しい、まだ生きたい、でも……」。

 

バイパップで呼吸を補助しても苦しかった

 

「生きて孫たちの成長を見守ってほしい」

 

体力も精神力も限界になったとき、娘から手紙をもらいました。

そこには、「お父さんには生きていて欲しい。孫の成長を見守って欲しい」と書かれていました。

 

家族みんなが「人工呼吸器をつけて!もっと生きようよ」と後押しをしてくれて私は決断しました。「気管切開をして人工呼吸器をつけます」。ALSの宣告を受けてから1年でした。

 

まだまだ生きたいと思えた、孫とともに

 

2006年5月に人工呼吸器を装着し、私はやっと息苦しさから解放されました。しかし、生きている喜びもつかの間、病院での生活は天井を見て過ごす時間が多く、人工呼吸器を装着したことを一時期は後悔していました。「私はこれからずっと寝たきりになるのだろうか……」。

 

いざ人工呼吸器をつけてみると、悲しい天井が広がってました

 

「散歩に行きたい」

 

それから5ヶ月後のこと、退院後に通うリハビリ診療所の先生と理学療法士が病室に来られ、「増田さん、今何が一番したい?」と尋ねられたので、私は思わず「散歩に行きたい」と答えました。「じゃーまずは車いすに乗る練習をしよう」。私は呼吸器につながれていても車椅子に乗れると聞いて嬉しさで涙が出ました。

 

そして、2006年8月、人工呼吸器との在宅生活が始まりました。初めはリハビリの痛みがありましたが、外出できる喜びの方が大きく、何よりも看護師・理学療法士・作業療法士の先生たちが明るく接してくれ、初めて楽しく笑えるようになりました。その1年後には、結婚式やジャズライブに参加したり、旅行にも行けるようにもなりました。

 

リハビリを越えて外出や旅行ができるようになった時は、涙が止まりませんでした

 

自立心が芽生えると世界が広がっていく

 

退院後は、医療制度と介護保険を使って昼間はリハビリ診療所に通い、自宅では妻が主に介護をしてくれました。しかし、その生活を長らくしていると、自分はこのままでよいのだろうか、と疑問に感じるようになったのです。そして2011年、私は通所リハビリ診療所を卒業し、障害福祉サービスを使ってヘルパーとの自立生活を目指しました。


自立に向けて動き出すことで、気づいたこと・考えたことがありました。私はALSを発症してから、患者として・サービスの受け手として過ごしていたのではないかと。しかし、病気になっても私が私であることには変わりなく、仕事を辞めざるをえなくなっても、社会に対して果たすべき役割があると思ったのです。そのような自立心が芽生えてからというもの、患者会の役員として動き、講演活動に出向き、大学生や異なる障害の方々、地域の方々との交流が増え、私の世界をどんどん広げていったのです。

 

仲間たちとの交流は私の世界を広げ、存在意義を感じさせてくれます

 

増田英明をALS国際学会の場へ

 

ALSという病

 

ALSは、未だに原因も治療法も解明されず、徐々に体の運動機能が失われていきます。身体の感覚や意識は鮮明に保たれたまま、自分で自分の意思を伝えることが難しくなっていきます。私のような人工呼吸器を装着した重度の障害者は、安楽死や尊厳死に一番近い存在に置かれてしまい、生きることそれ自体が認められずにいる現状もあります。

 

多くのALS患者は、私のように人工呼吸器を装着するという選択をしません。そればかりか、当人が知らないうちに家族や周囲の人たちによって人工呼吸器を外されてしまうこともあります。日本の法律では人工呼吸器を着けると外せませんが、他国では問題ないのです。


生きたくても生きたいと言えない人たちがいたり、亡くなっていく人たちがいる現実を目の前にして、自分に何ができるのか考えていました。仲間に先立たれる経験をしながら、人工呼吸器を装着して生きている私に何ができるかを、ずっと考えてきました。

 

まだまだ変えていかなければならないことがあります

 

ALSという病

 

毎年開催されるALS国際学会では、医療者が中心となり治療開発やALS患者の意思決定、介護負担などが議論されてきました。しかし、現状では治らないとされている病気を持ちながら自分の思い描く生活を実現していくためには、社会保障制度や文化的背景(尊厳死や安楽死の法制化にも影響を与えます)などの外的要因によって生命の価値が左右されない環境を、権利として保障していかなければなりません。

 

これまでも私たち日本のALS患者は国際学会の場に出向き、人工呼吸器をつけた生活の実態を伝えてきました。その積み上げてきた運動によって、ようやく人工呼吸器を装着したALS患者の生活や家族以外の介助者との生活の在り様に目が向けられるようになりました。そして、今年度ボストンで開催される国際学会で、初めて患者主体のセッションが持たれることになりました。

 

2015年に開催された第26回国際ALS学会(米国・フロリダ州オーランド:支援者撮影)

 

私たちが目指すもの

 

私はボストンで開催される国際学会に参加し、人工呼吸器を装着しながら自分が日本でどのように生きてきたのか、そのリアリティと生活を実現するための具体的な方法を示すことで、他国のALS患者自身の主体性に働きかけ、国を超えた仲間の連帯の実現を目指したいと考えています。そしてそこから、国内の人工呼吸器をつけていない仲間や、病院や施設で社会と隔たれたように生活をしている仲間が、自らの人生を思い描くことに向かって立ち上がれるように後押しできればと考えています。

 

そして、私は、私たちと健常の人の間にある社会の溝を埋めたいと思っています。なぜなら、溝は「差別」となって私たちの前に壁として立ちはだかるからです。国際学会の参加への道も、航空会社の対応によっては、その望みが絶たれてしまう状況にありました。それは、航空会社が人工呼吸器を装着した私たちのような障害者を乗客として認めていないという現実でした。この現実も、今回の経験を足掛かりに私は変えていきたいと思っています。

 

私たち人工呼吸器を装着した患者が海外に行くには、いくら準備をしても安全ということはありません。文字通り、自分の人生・命をかけての学会参加ですが、挑戦します。これまでもやれるかどうかではなく、やるという強い気持ちに真っすぐに向かって道を切り開いてきました。みなさまからの熱いご支援をよろしくお願い致します。

 

みなさまとともにALS患者の仲間がもっと住みよい世の中にしていきたいです

 

◇◆◇ご支援金の使用用途◇◆◇

みなさまからのご支援金は、ボストンへの渡航および学会参加にかかる費用、約270万円の一部に充てさせていただきます。

<使途内訳>

国内交通費:155,500円
渡航費:1,686,000円
現地交通費:240,000円
現地宿泊費:328,089円
学会登録費:160,000円
Readyfor手数料等:160,920円
合計:2,730,509円


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