樫本真之介(かしもと・しんのすけ)|メンバー紹介③

皆さんこんにちは!

寶船の米澤渉です。

 

今日は寶船のプロメンバー(BONVOメンバー)であり、私たちのムードメンバーの樫本真之介(かしもとしんのすけ)を紹介します!

 

それでは、スタートです!

 

 

樫本真之介(かしもと・しんのすけ)

 

愛称:かっしー

一般社団法人アプチーズ・エンタープライズ 経理担当
阿波踊り集団『寶船』BONVOメンバー

 

名前の由来と幼少期

 

1992年7月8日生まれ。東京都出身。


吉祥寺で人気ヘアサロンを数店舗経営する、美容師兼オーナーの長男として生まれました。

 

真っ直ぐに育ち、世界に羽ばたく人になって欲しいと名付けられた真之介という名前は、自分でもとても気に入っています。

 

剣道との出会い


幼い頃は、相当やんちゃだったので、友達と喧嘩をしたり先生の言うことを全く聞かない問題児でした。エネルギーが有り余っていたので、体を動かす名目もあり、剣道に出会いました。

 

剣道の礼に始まり礼に終わるという、相手に敬意をはらって試合をする武道の精神は、この頃の自分にはとても大きな衝撃でした。この精神は寶船の阿波踊りにも繋がっています。

 

寶船との出会い


そんな僕が小学校5年生に上がった頃、阿波踊りと出会います。校庭の門のところに米澤家族が立っていて寶船のチラシを配っていました。

 

当時も食いしん坊だったので、阿波踊りをやっている友達から「稽古に来たらおにぎりがもらえるよ!」と言われ、その日のうちに両親に「阿波踊りがしたい!!!」と伝えました。笑

 

このきっかけがなければ、僕は阿波踊りに出会えませんでした。

 

 

中・高時代は、部活動で卓球をやったり飲食店でバイトを始めたりしました。

 

様々な業種やジャンルのことを経験してきましたが、寶船の『踊りだしたら命懸け』という心臓がヒリヒリするような一心不乱にのめり込めるものは踊ることでした。

 

大学時代に寶船のプロメンバーへ


転機が訪れたのは大学一年生でした。

 

その年に寶船は法人化。そこでプロ化にするにあたって立ち上げのメンバーとして声がかかりました。


このままただ大学生活を送っていても、わくわくする未来はない。僕に出せる唯一の答えはただ阿波踊りを辞めるという選択肢はないということだけでした。


仲間との別れ、そして自分自身と向き合い次のステージへ


プロ化して2年目に、大きな事件が起きました。3人の仲間が寶船を辞めたのです。


理由はそれぞれでしたが、最初は
『世界に阿波踊りの魅力を広めたい』
『ここで大きなステージに立ちたい』と
自ら行って入って集まったメンバーでした。


この時にふと初めて、今まで自分が親に言われ続けてきた言葉が心にぐっと入ってきました。

 

『辛いことから逃げ投げ出してきたんじゃないか。』
『人に自分の人生の決断を委ねて人を言い訳にしてきたんじゃないか。』

 

自分にとって苦しい時期でしたが、何か一つでも自分の人生を決断して、人を言い訳にせずに生きていきたいと改めて決意し、プロになって初めて、僕の人生が動き始めた瞬間でした。

 


両親にはたくさん心配をかけてきました。時にはプロになることを反対された時期もありましたが、今では寶船を1番に応援してくれるのが家族です。

 

以前実家に帰った時、小学生時代の寶船の写真がたくさんでてきました。この頃から、こんなに見守っていてくれていたことを当時は知りませんでした。

 

これからたくさんの親孝行できるよう、名前に恥じない活躍をしていきたいと思っています!

 

そして、寶船で自分にしかできないことを生み出し、挑戦し続けていきます。

 

 

まとめ
 

いかがでしたでしょうか。

寶船のBONVOメンバー、樫本真之介の人生でした。

 

クラウドファンディング、引き続きよろしくお願いします。

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